Album Jacket Photo of Asazaki Ikue
Above : Obokuri (TOSHIBA-EMI)
Below : Utaashibi (UM3-Japan)

2011.9.01

とうとう地デジカ君の角に突かれて、我が家でも衛星放送を視聴するようになった。そんなある日、NHKのBSプレミアム「新日本風土記」を観ていると聴いたことのない不思議な女性ヴォーカルが流れてきた。坂本龍一の「BEAUTY」挿入歌「ちんさぐの花」やムーンライダースの名曲「黒いシェパード」で、印象的なバックコーラスを披露していた沖縄の民謡歌手の古謝美佐子(こじゃ みさこ)みたいだ。でも、似ているが歌い方が微妙に違う。ネーネーズの他のメンバーなんだろうか。そんなこと考えていると番組のエンディングロールに、テーマ曲:朝崎郁恵と流れてきた。初めて聞く名だった。ネット検索すると、このテーマ曲のタイトルは『あはがり』とある。(この時点では番組内でしか聴けなかったけれど、今ではダウンロード配信も開始され、iTunes Storeなどで購入できるようになっている)唄っていた朝崎郁恵は、1935年に奄美・加計呂麻(カケロマ)島で生まれ、奄美島唄では第一人者といわれる唄者(ウタシャ)だそうだ。このところすっかり音楽から遠ざかっていたぼくは、この人のことを何も知らなかったが、オフィシャルサイトにはこれまで発表されたアルバムも紹介されていたので、さっそく5枚ほどCDを取り寄せてみた。

彼女は南部のヒギャ節という、上下の揺れ幅の大きな節回しを特徴とする唄い方で有名な伝統的な奄美シマ唄の継承者だった。なるほど独特のコブシはそこからきていたのか。彼女しか唄えない曲も数多く、生きた文化遺産だと評価する人もいるという。アルバムのライナーノーツを担当している音楽評論家の増渕英紀さんが、かなり専門的な解説を加えていた。誰にもまね出来ない微妙な抑揚は、彼女のおばあさん直伝の「グイン」とよばれる独特の節回しで、コブシと裏声(ファルセット)を多用したもの。彼女は口癖のように「自分の歌の原点はおばあちゃん」と発言もしている。しかし現代のシマ唄は時代とともに歌いやすいように変化してきて、昔の節回しはすでに絶えてしまったといわれる。なのになぜ、朝崎郁恵だけが遠い明治初期の奄美シマ唄の記憶をとどめているのか。その答えを増渕さんはこう推測する。おばあさんから教えてもらったシマ唄を習得した朝崎さんは、1960年にご主人の転勤で奄美を離れる。以来、福岡、東京と移り住み、結果的に本土復帰後に奄美を襲った急速な近代化の波にさらされることもなく、島外へ持ち出した古いシマ唄の記憶やスタイルはそのままタイムカプセルのように彼女の中に保存されていたのではないかと。

加えて彼女の音楽の魅力は、そこから表現領域を広げて挑戦を続けているその果敢な姿勢にある。ピアニスト、ウォン・ウィンツァン高橋全、そして彼女をリスペクトする坂本龍一、UAゴンチチ中孝介らとの共演と、さまざまなジャンルのミュージシャンたちがその不思議な音楽の吸引力を認めている。幅広い活動の成果には、イクエ&カケロマンズとしてNHK「みんなのうた」でオン・エアーされて話題となった「ありがとサンキュー」も加えることができるだろう。

ビブラートやバイブレーションとも異なる、彼女独特の唄い方がぼくは初めて聴いたときから気になっていた。ギターにはスライドギターとかボトルネックといわれる奏法があるが、それはその名の通り、貧しい黒人のストリートミュージシャンが酒瓶の首を指に差し込んで弾いたことに由来する。通常、ギターの音程はフレットによって固定されているが、ボトルネックでは弦の上をスライドさせて音程をリニアに再現していく。長くスライドさせるとハワイアンのような脱力系サウンドにもなる。初心者が弾けば不安定きわまりない奏法だが、上級者になれば、出したい音の上下を小刻みにふるわせて中間音程として感じさせるため、独特の深みや粘性をともなった音がそこから生み出されてくる。ぼくは朝崎郁恵の唄声を聴いたとき、すぐにこれはボトルネックみたいなヴォーカルだなと思った。ルーツは「ヒギャ」とか「グイン」とよばれる伝統芸の節回しに根ざすのだろうが、思わずこれぞ日本のブルースと言いたくなるほどディープに熟成させたのは、やはり彼女の天賦の才であろう。

こうした朝崎郁恵の唄は、演歌や民謡とは別な遺伝子から生み出された音楽なんだと思う。どうやら沖縄や奄美といった島々に伝えられる音楽には、大陸や本土の広々とした風土とは別なシマ特有の世界観が染みこんでいるようだ。歌詞も訳がなければ到底理解できそうもないシマ言葉。しかし、これも日本。いや、これこそ日本の原風景なのかもしれない。「あはがり」や「徳之島節 Utabautayuuna feat.Final Fantasy X」からは、遙かいにしえからずっと歌い継がれてきたかような年輪を刻んだ厚みが伝わってくるし、標準語で歌われる「阿母(あんま)」や「十九の春」などを聴くと、日本はいい国だなぁ、日本に生まれてきてよかったなぁと、しみじみ思う。そしてつい、ウルウルモードのスイッチが入ってしまいそうになるのだ。

悲しみや辛さで心が砕けそうになるときに、それを防いでくれる機能が音楽には備わっている。ヒリヒリとした記憶に、当時よく聴いていた音楽が寄りそっているのはそのためだ。南西諸島には神占いをするユタとよばれる女性がいるという。母や妻や姉や妹でもなく、叔母でもなく、ましてや近所にいるおばちゃんたちでもない、あらゆる母性的存在を呑み込んだ歌声が、朝崎郁恵の唄を通して彼方からやってくる。そして見えない衣となって、心をそっと包み込む。