iPod touch, iPhone 4S + iPad 2
ジョブズの遺作
以前ぼくがこのブログでiPod touchを取り上げたのは2008年の1月1日。丁度その頃、アメリカではiPhoneが発売されたばかりだった。iPod touchはいずれ日本で発売されることになるだろうiPhoneのトレーニング版という印象をもっていたので、当時のぼくはiPhoneこそが自分のパーソナル電子端末の着地点となるのだろうと考えていた。案の定それからiPhoneは世界のスマートフォン(多機能携帯電話)市場を牽引し続けてきた。しかし歴代のipod、iPod touch、そしてiPad、iPad2へとApple小型電子端末遍歴をかさねてきたぼくは、SoftBankから発売された日本初のiPhoneにも、別にただ電話機能が追加されただけじゃないかと、特に心動かされることもなくスルーしてきた。
去る10月5日、スティーブ・ジョブズ(Steven Paul Jobs)が亡くなったその翌日、後継者のティム・クックによって最新モデルのiPhone 4Sが発表された。やっとiPone 5が発売されるぞと首を長くして待っていた人々を落胆させることとなったこのモデルは、事実上ジョブズの遺作商品と言われている。4Sというモデル名も実はジョブズに捧げたiPhone for(=4) (S=)Stevenであるというまことしやかな噂もネットに流れていた。そして彼の死を待っていたかのように、取材嫌いで知られるジョブズ公認の伝記本も出版され、日本でも翻訳上下巻はまたたく間にベストセラーとなった。こうしてこの秋、「商用パーソナルコンピュータを所有すること」の喜びを生み出したと言われるジョブズは一躍世界の時の人となった。
ところでアップル社の共同設立者は3人いたそうだ。その1人、マイク・マークラは単に資産家として投資目的で声をかけられた人物だったから、実質的なアップルの設立者はジョブズと彼の古くからの友人スティーブ・ウォズニアックの2人といえるだろう。ウォズニアックはコンピュータに関してはジョブズ以上の才能を発揮した人物だったらしい。SONYの井深大と盛田昭夫をあげるまでもなく、歴史上人々の記憶に刻まれる業績を残した人物は、コンビを組むことになる相手との運命的な出会いからその創成期をスタートさせることが多いようだ。
先日、ニューヨークタイムズ紙のマガジン欄に掲載されたジョブズとビル・ゲイツを、ヴァンパイアとゾンビになぞらえて分析した記事が朝日新聞のGLOBEで紹介されていた。それによれば、人は意気揚々と動きまわるカリスマ的なヴァンパイア型と、トボトボと歩く不器用者のゾンビ型に分類されるらしい。孤高を好むヴァンパイアに対して、ゾンビは大儀をかかげて集団を組織することに長けている。しかし、対となる組み合わせによってこの分類はとたんに流動的となる。ジョブズとウォズニアックの場合、ジョブズはゾンビでウォズニアックはいかにもヴァンパイアっぽいのに、ジョブズとビル・ゲイツの場合、ジョブズがヴァンパイアでビル・ゲイツがゾンビとなるらしい。しかしヴァンパイアもゾンビも、ぼくら日本人にはいまひとつピンとこない。LennonタイプとMcCartneyタイプと言ってもらった方がぼくにはずっと分かりやすいのだけど、これも世代によって分かれるところかもしれない。
青年期のジョブズはどうみても典型的なMcCartneyタイプだったようだ。しかし、 ISSEY MIYAKEの黒いタートルにリーバイス・ジーンズとニューバランスのスニーカーをユニフォームとした晩年のジョブズは、LennonタイプがMcCartneyタイプを覆いはじめ、そしてその死によって彼はLennonタイプへと完全に変貌を果たしたかのような印象を受ける。
アップル社命名の由来を決してジョブスは明らかにしようとしなかったそうだが、そのとき彼の脳裏にビートルズの設立したレコードレーベルのアップル・コア(Apple Corps)が浮かばなかったはずはない。1978年にアップル・コアがジョブズのアップル社に対して商標権侵害を主張した訴訟を起こしてから30年あまり。幾多の紆余曲折を経て2007年、やっと両社は和解することになる。深くビートルズを愛したジョブズにとって、この商標に関する長い対立期間はいたたまれないものだったに違いない。だから、iTunesでのビートルズ配信が開始された去年の11月17日という日を、ジョブズは特別の感慨をもって迎えたのではないだろうか。アップルサイトのトップページには「ビートルズがiTunesにやってきた。」というジョブズの喜びにあふれたコピーが掲載されていた。
それから1年が経った。愛用してきたauのiida G9もそろそろくたびれてきたので、ぼくは来年の夏頃登場するのではと噂されているiPone 5を次の携帯にしようと決めていた。ところが先日、なぜか衝動的に思い立ち、iPhone 4Sを購入してしまった。消費欲望は無意識の泉からある日突然湧き出してくるものだから、本当の理由なんて決して分からないけど、この一ヶ月ほどの間に心ふさぐ出来事が相次いだことが関係しているのかもしれない。
さて、Appleが「史上最高のiPhoneです」と胸を張るこのiPhone 4S。イチオシのiCloudは、携帯を紛失した際に場所を追尾したり、データを遠隔操作で消去できる機能もあって安心なのでさっそく設定。5枚のレンズを内蔵する高画質の光学システムカメラは、愛用のデジカメを凌駕するほどでないのでスルー。機能満載のこの1台にすべて集約させるにはバッテリーが心許ないため、とりあえず電話とメールに絞って活用することにする。以前使っていた携帯の電話帳を移動する方法もあったが、丁度よい機会なので連絡帳を数年ぶりに整理してアドレスブックを作成し、同期させることにした。ところがいざ使いはじめてみると、信じられないような使い勝手の悪さも判明してくる。例えばメール受信。バッテリーの消費を抑えるためにスリープ設定するのは常識だが、このau 版iPhone 4Sはスリープしているとメール受信が表示されない。こんな携帯なら当たり前にできることがこのiPhoneにはできないのだ。発売されたばかりだから、こうした不満に対応してくれるアプリもまだ登場していない。そこで仕方なく設定したのが、Cメール (SMS) 受信通知を利用する方法。au では特定のメールアドレスへメール転送することでメール受信通知が行える仕組みがあり、しかも受信は無料。この設定をしておけばスリープ状態であってもメールの着信通知は入ってくる。たまった着信通知を削除する手間や誰からのメールなのか分からないという欠点はあるものの、とりあえず受信を素早く知る代替手段としては使えそう。でもauキャリアメールの扱いは最短 15分間隔の受信となるため、au 版iPhone 4Sの携帯メールはすぐに届くという一般通念が通用しないことになる。不具合も決して少なくない。突然画面がブラックアウトしてしまい、電源も入らなくなったことが一度あった。これはスリープとホームボタンを同時に10秒以上押し続けてなんとか復帰。またスリープを解除したらロック画面に「不正なSIMです」と警告が出て、データ通信不能になったことも2度あった。これは再起動で復帰。この現象は数多く報告され、auやSoftBankだけでなく海外でも発生しているらしい。「史上最高のiPhone」も蓋を開ければ、こんなやれやれな裏顔も見えてくる。スマートフォン初心者のぼくはApple StoreでDockと一緒にPerfect Manualを購入して備えたものの戸惑うことばかり頻発する。ひとつ謎解きが終われば、また次の謎がすぐに浮上してきてスマートフォンの森はけっこう深い。
ジョブズの夢の道具、iPhone。思いつくかぎりの便利で楽しいことを、このちっぽけな道具に詰め込んでみよう。いやいや、探し出せばもっとなにかあるはずだと、ジョブズは比類なき情熱をもってして、彼の夢をこのコンパクトな電子端末にぎっしりと詰め込んできた。もっと自分を拡張させていくことや、もっと多くの人々と繋がることを誘い続ける電子端末。たしかにそれは、ぼくらの生活を多少変化させたかもしれない。しかし本来、電話は耳元にあらわれる「声」によって、ふたつの心がつながる神秘的な発明品だったはずだ。テレビ電話の現代版といわれるFaceTime通話は、そのふたつの心の通路から、そっと神秘性を抜き去ってしまう。便利さや楽しさの集積だけでは実現できないこともある。
ジョブズの死を悼んでSoftBankの孫正義氏がこんなことを言っていた。「これは推測にすぎないけど、ジョブズがもっと生き続け、最後に作り出したかった究極の商品は「iRobot」だったのではないか。」人に限りなく近づくことができる、科学技術の究極形をそのようにイメージしていたのではないかという。AIBOのようなペットロボットでなく、ましてやアンドロイド(人造人間)などでもない究極の「iRobot」。単なる便利さを超越し、近代人の孤独に寄り添う「iRobot」。たしかに彼なら、心の在りかを求め続けた末にそんな夢の道具を生み出すことができたかもしれない。