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Customization page of NIKEiD. site
999.9 X TOYOTA 86
Special Collaboration Model S-86T

カスタマイズは新世紀の民藝運動?

NIKEiD
2012.12.01

ぼくらが日々購入する商品の多くが大量生産によって生み出されている。その始まりは1865年から1900年までと定義される第二次産業革命の時代にまで遡る。

大量生産を構成する要素は3つあるといわれている。1つ目は互換可能な部品の量産化。つまり、規格の標準化である。2つ目は、作業の標準化と作業管理を体系化する「科学的管理法」といわれるシステムの導入だ。そして3つ目が有名なフォード・システムと呼ばれる、ベルトコンベアを活用した移動式組立生産システムの発明だ。労働力と機械は大きな工場に集約され、生産力を向上させたものづくりがこうして開始された。この工業化によって効率的で、しかも安価な製品が続々と多くの人々の手元に行き渡ることになった。誕生からおよそ1世紀。工業化は驚異的なスピードで発達をとげ、新たなエネルギー革命、機械化の技術革新、輸送手段の発展、そして雇用拡大などとともに資本主義経済を支える原動力となってきた。

高度成長期のとばくちだったぼくらが子どもの時代には、テレビを買った家に近所の人々が集い、目を輝かせながら小さなモノクロ画面を凝視していたものだった。当時、三種の神器と呼ばれた、炊飯器、冷蔵庫、テレビはもちろん大量生産の産物品なのだが、それを所有するということは、やっと人並みの暮らしを手に入れたことの証でもあった。人と同じものを所有することが、あんなにも誇らしかった時代を思い起こすと、できれば人と同じものは持ちたくないという現代の購買意識の変遷には隔世の感を禁じ得ない。

では、来るべき第三次産業革命はすでに始まっているのだろうか。原子力エネルギーを利用する現代がまさにそうなのだという人がいれば、いや、IT革命こそが第三次産業革命だという人もいる。先日の新聞には、その延長線上に新たな主張が掲載されていた。

「ワイヤード」の編集長、クリス・アンダーソン氏は「ものづくりの民主化」こそが第三次産業革命なのだと主張する。大量生産型ものづくりはなくならないが、独占はもう終わる。それは個人の多様なあり方を尊重する小さな市場が草の根で広がりはじめているからだという。生産個数は、多くても一万個ほどのニッチな市場に向けて、アイデアに富んだ製品を届ける。それを可能にしたのは、ウェブ空間の特徴が産業のあり方にも適用されはじめているからなのだそうだ。もはや専門家でなくても、ものづくりを起業することができる。大企業に所属している必要もなければ学歴もいらない。必要な人たち同士が結びつくフレキシブルな生産システムがあればいい。誰もが情報やツールを平等に使える新しい家内工業の時代が到来したのだと主張していた。かくいう彼も、自宅で始めた無線飛行機作りをきっかけに会社を立ち上げ、共同経営者はネット上でアドバイスしてくれた20代のメキシコの青年だとか。趣味から出発した人々はジムに通うような気分で「メイカーズ」と呼ばれる工房に行き、仲間たちとの出会いを通じて試作を繰り返し、「メイカー」となっていく。わずか数年間でものづくりを起業するなんてこれまで不可能だったことが、今ではもう夢物語でないのだ。

こうした、新たなものづくり環境への呼び水となったのは、言うまでもなく、必要なものはあらかた手に入れてしまった現代人の購買意識の変化だろう。暮らしの中で商品の使い分けがとても鮮明になってきた。機能性を満たし、品質感があって、しかも安価であれば量産品でも一向に構わない。そのかわり、自分がこだわりを持つものには妥協はしたくない。こんな使い分け意識が鮮明になってきている。この背景には、量産の対極に位置付けられる手作り感の希少性に惹かれたり、沢山は要らないから、自分が本当に欲しいと感じるものだけでいいという欲求が横たわっている。人々は許された経済力の範囲内で、実にクレバーにこうした使い分けをしながら様々な商品を選別している。もちろん量産メーカーだってこの辺の意識変化はすでにお見通しで、あの手この手の戦略を練ってきている。そんな実例を二つほどあげてみよう。

ぼくは気に入った靴がなかなか定まらずに試行錯誤を繰り返してきたが、1年ほど前、履きやすくてスタイリッシュなスニーカーを探していて「NIKEiD」サイトを見つけた。ここの売りはパーツの細部にわたってカラーや素材が選べることだ。まずベーシックなシューズを選んでカスタマイズをスタートする。いくつか用意された「デザインインスピレーション」から選択して細部調整することも可能だ。各パーツの素材を選択したらカラーも選ぶ。靴底の色や形状も選べるし、シューレース(靴紐)もスペアと2種セットになっている。立体塗り絵の感覚でシミュレーションを重ねると、リアルタイムで商品画像にその選択が反映されていく仕組みだ。回転したり、ズームしたり、別なアングルで確認することもできる。オリジナルのネームを入れることも可能なモデルもある。とにかく選択肢が幅広いので、何だか自分がシューズデザイナーになったような気持ちにしてくれる。デザインは保存しておけるので、時間と意欲さえあれば、このサイトでいくらでもデザインを楽しむことができる。長年蓄積したノウハウを生かしながら実に巧妙にカスタマイズさせ、あたかも1点ものを手に入れたような(錯覚)気持ちにさせてしまうのは、さすがNIKEだなあと感心させられる。デザインが決定したらカートに追加して、サイズなどの必要事項を入力すれば注文完了だ。入力情報はチャイナの組立部門に送信され(これは憶測)、3週間もすればローマ字宛名シールが貼られたシューズボックスが中国から直送されてくる。たぶん地方から出てきた女の子たちが、オーダーシート片手に「これ、変なデザインじゃない」なんておしゃべりしながら、ひがな製造にいそしんでいるのだろう(これも憶測)。すべてレザー仕立てにして、カラーもシックに抑えるとあまりスニーカーっぽく見えないので、ぼくはすっかりこのNIKEiDにはまってしまった。それにカスタマイズの自由度が高い割には、けっこうリーズナブルなのだ。量産品の製造工程に一手間かけることで、擬似的な1点ものに変身させるこのNIKEマジックは、現代人の購買意識の変化に柔軟に対応したシステムだと思う。

もう1例は眼鏡メーカー。国産ブランドの999.9(フォーナイン)はプロダクトとしての完成度がとても高い。眼鏡に限らず、機能性をある意味極めたプロダクトは、デザインから入るプロセスでは決して到達できない機能美が備わっている。ぼくが999.9のグラスを選ぶ理由はそこにある。

先日久しぶりにサイトを覗いてみたら「TOYOTA86」とコラボした「カスタマイズによって完成するドライビンググラス」が紹介されていた。ぼくはスポーツカーの86シリーズにはほとんど興味はないが、TOYOTAからの呼びかけに999.9が応じて限定生産したというこの製品はちょっと気になったので、上京したついでに新宿伊勢丹メンズ館にあるshopに立ち寄ってみた。すでに完売間近という「Option kit」には、グレーとブラウン2タイプのグラス、2種類のテンプル、同じく2種類の鼻あてがセットされていて、この中から好きな組み合わせを選ぶことができるのだそうだ。NIKEほど選択肢は多くないが、ショップスタッフと相談しながら、自分の好みに合わせてカスタマイズする手法はとても似通っている。かけ心地はもちろん、手に取った感触や質感も気に入ったのでその場で購入することに決めた。度付きカラーグラスにした場合、完成まで2週間ほど待たなくてはならないが、自分の希望が反映された商品なのだからと、NIKE同様、待つこともあまり苦にならないからユーザー心理とは不思議なものだ。

この2例はかなり量産寄りのケースだが、量産と手作りの境界にはこれからさまざまな「民主化されたものづくり」が集結されていくことだろう。少量生産型メイカーは世界中で産声を上げ、あたかもグローバル化とバランスをとるかのように、そうしたヴィレッジ化は加速されていくのではないだろうか。名もない工人が作る生活具の美しさを再発見した民藝運動のように、新しい誕生のカタチを手にしたものづくりは、ネット社会がもたらした新世紀の民藝運動となっていくのかもしれない。


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