Above_Hagihara Masaru
Certified Tax Accountant Office Mark
Below_HAKUHODO Group Mark

2008.6.02

デザイン誌を何気なく開いていたら「博報堂」の新しいグループマークとロゴが掲載されていて驚いてしまった。というのも、このマークデザインはぼくらにとって馴染みのあるものだったからである。
ボスコの設立後しばらく経った頃(おそらくは1994〜5年頃)、弊社の顧問税理士をしていただいていた公認会計士の先生から、事務所のシンボルマークを考えてほしいと依頼され、小林和美さんが担当デザイナーとなり制作を開始した。そしてほどなく、提案した幾つかのプランの中から選ばれたのが、上にあるブルーのシンボルマークである。「税理士は決して前面に出ることなく、背後から顧客である事業所を支える黒衣のような存在である」という依頼人のコメントから、彼女はじっと見つめていると背後からその事務所の頭文字であるHが浮かび上がってくるような意匠を考えついたのである。
2008年4月1日に発表され、翌5月1日から導入されたという博報堂の新しいグループマークとこの会計士事務所のシンボルは今ぼくらの前で、およそ13年の時を隔てて戸惑いながら向き合っている。
雑誌に掲載されていた博報堂マーク制作者のコメントを下に転載させてもらうが、大会社に相応しい格調高い論調で語られてはいるが、基本的にはかなり近い発想であることがうかがえる。
「コロンはあらゆるものを接続して『対』にする記号。クライアント:生活者、世界:日本、人間:環境……。あらゆるものの『関係(=:)』の中に博報堂のビジネスチャンスはあり、あらゆるものの『関係(=:)』の向こうに博報堂の未来の姿がある。コロンの向こうに広がっていく見えないHのアウトラインが博報堂の未来の姿を示しているんです」(美術出版社刊「デザインの現場」vol.25 no.159、P73より)
常識的に考えれば、博報堂マークの制作者が過去にこの地方都市で制作された会計士事務所のシンボルを見ているとは考え難いから、おそらくこれは偶然の結果であろう。特にシンボルマークのように、発想を限界にまで削ぎ落としていくようなプロセスが求められるジャンルでは往々にしてこのようなことが起きてしまうのは珍しいことではないのかもしれない。それに相手は泣く子も黙るあの大手広告代理店、博報堂である。地方のしがないデザイン事務所が文句言っても、それは宇宙戦艦ヤマトに鬼太郎の目玉親父が体当たりするようなものである。しかし、仮にそうであったとしても、13年前にこのような発想で造形化して採用され、以来その事務所のスタッフ全員に愛着を持って使い続けてもらってきたという事実は胸を張ってきちんとここで主張しておきたいのだ。
反射的に思い出されるのは、官営から民営化への先鞭をきってNTTが生まれ変わった際、その象徴として発表されたあの有名なシンボルマーク「ダイナミックループ」にまつわる裏話である。作者はもちろんデザイナー界の巨匠、亀倉雄策氏(1997年没)。発表後、山梨在住の某デザイナーが、このマークは自分の作った過去の作品の盗作であると訴えて物議を醸したことがある。この一件を覚えている人はもうあまりいないかもしれないが、ぼくの地元から沸き上がった話題だったこともあり、強く印象に残っている。この話には尾ひれがついていて、山梨県選出の故・金丸信代議士から某デザイナーの許に直接電話が入り、自分の地元で民営化という大きな流れに水を差すようなことをするとは何事か!と一喝されたという話も伝わっている。
このNTTのCIを担当したのが、中西元男氏率いるPAOS(パオス)である。当時、PAOSは高度成長期以降、日本に巻き起こったCIブームのトップランナー・プロダクションとしてその名を馳せていて、名だたる企業がこぞってPAOSにCIを依頼する現象が話題となり、分刻みで飛び回る中西氏の姿がTVで報道されたこともあった。このPAOSの作品集『PAOSデザイン—企業美の世界』(1989年・講談社刊)をある時眺めていて、ぼくは面白い発見をした。ダイエーCIの紹介ページで「コンペ参加デザイン26案」が66Pに掲載されていたのだが、その中にダイナミックループにそっくりなプランがすでに提案されていたのだ。このコンペは1973〜1975年の間での出来事。NTTのCI導入は1984〜1985年とされているので、このふたつのデザインにはおよそ10年のブランクがある。しかもどちらも同じPAOSの提案。なんとも不思議な話だが、元来モダンなシンボルマークはその生成の性格上、結果的に似通ってしまうという宿命を背負っているのかもしれない。
近年、著作権意識の高まりもあり、事前に類似した意匠を検索してこうした問題の発生を防ごうとする動きもあるようだ。しかしこれをワールドワイドにあまり厳密に機能させようとすると、今後、新しい意匠などほとんど認められなくなってしまうのではという危惧もある。自由闊達な発想を抑圧することは避けたいし、同時に盗用は厳しく規制したい。この見極めが実はとても難しい。デザイナーが以前目にしていたことをすでに忘れてしまい、ある時深層意識から呼び起こされたものを自分の発想と思い込んでしまうことだってあるかもしれない。これに関しては昔、中西氏ご本人から意見を聞いたことがあるが、結局はデザイナー自身の倫理観に委ねるしかないんではないだろうかという、あまり有効性を期待できない結論だったように記憶している。
そもそもシンボルの起源は、紋章はもとより洞窟に残されている記号類にまで遡ることができるほど相当に古いものである。しかし識別しやすく強い印象を残すよう、単純な形象にするという発想が主流となってきたのはそう古いことでなく、20世紀半ば以降の傾向と言えるのではないだろうか。モダンデザイン華やかかりし50〜60年代を代表するCIとしてまっさきに思い浮かぶのはCBSIBMWestinghouseといったアメリカの代表的企業である。世界中の企業がこれに倣った。このモダンデザインが20世紀後半を牽引してきた潮流であったのだが、シンプルで強ければよいというものでもない。そうしたモダン神話の有効期限がそろそろ切れてきたのではないだろうか。
複雑な形象であっても愛着を感じさせ、強い印象を残すこともある。例えば、バブル絶頂期に居並ぶ石油会社が次々とモダンなシンボルに模様替えした中、出光石油はあえて一見古臭い筆文字シンボルを使い続けた。しかしどうだろう。今あらためて較べてみると、案外時代は一周した感もあり、ウルトラマンの掲げる出光シンボルが先頭に立っているようにも見えてくるから面白い。
ともあれ、博報堂の新しいグループマークは、久しぶりにシンボルマークについて考えてみる契機を与えてくれたようだ。シンボルにまつわる時代意識と美意識は密接にリンクしながら螺旋を描くように人々の心理の深層を周回し、それが定まることはない。