OLYMPUS Neon Sign (Shinjyuku)
Photo:Susumu Endo. 2008

2008.5.03

新宿駅南口を出て右手上方に目をやると、旧JR本社ビル屋上に「OLYMPUS」のネオンサインが見えてくる。もちろんネオンサインは夜見るものだが、明るくても「OLYMPUS」のロゴは確認することができる。普段何気なく目にしている夥しい数のネオンサインの中できちんとデザインされているものが一体どのくらいあるのだろう…。
この「OLYMPUS」のネオンサインをデザインした遠藤享さんは日本を代表するグラフィックデザイナーであり版画家なのだが、日本におけるネオンサインのデザインを成熟させたデザイナーでもある。近年、この「OLYMPUS」のシリーズを全国各地に展開して表現領域を拡げている遠藤さんは、熟知したガス放電管の一種であるネオン管の仕組みを高度にコントロールしながらさまざまな色と形に動きを与え、光織りなす現代の巨大絵巻ボードを次々と生み出している。ぼくは発光体とアートの融合というと、どうしても60〜70年代の日本アートシーンで活躍した山口勝弘ヨシダミノルらの作品を思い出してしまうが、遠藤さんのつくりあげたネオンデザインは、そこからさらに進化をとげた「動くハイテクノロジーアート」といえるかもしれない。
以前、遠藤さんのスタジオで、あるネオンサインのデザインを見せてもらったことがある。それは時間軸に沿って各パートの動きを指示する精緻なロールシートだったのだが、いくら眺めていてもそこからあの複雑な動きや色の変化を読み取ることはできない。いや、正確に言えば読み取る能力がぼくにはなかったということだが、これと似たものは昔見たことがある。ニット製品を織り上げるためのパンチシートやオルゴールを演奏するのに使われるオルガニート用シートである。これらは遠藤さんのロールシートに較べたらはるかに単純なものだったけど、読み取ることのできない戸惑いは同質のものである。さまざまな専用機にトランスレートする手法には、結果とは似ても似つかないモノが介在する。ここにものづくりの面白さがある。
designのdeは「いまだ見えないもの」、signは「現す」、つまりdesignとは「いまだ見えないものを現す」行為にほかならないのだが、この介在する似ても似つかないモノを眺めていると「見えないものを確かに見据える」というデザインの必須条件が浮かび上がってくる。そこには直感的な能力と論理的な能力を融合する、もうひとつの能力が要求されている。
ところで、遠藤さんのデザインはやはり「audio-technica」を抜きには語れないだろう。企業が一人のデザイナーにこれほど一貫して企業のイメージ構築を委ねてきた例はあまりないのではないだろうか。遠藤さんが長年にわたってオフセットリトグラフの版画作品を通じて展開してきた「space & space」という繊細で叙情的、そして知的な表現世界がそのままオーディオテクニカという企業のイメージに重なっている。遠藤さんが企業のデザインをしているというよりも、逆に企業が遠藤さんの世界を借りて自社イメージを発信しているようにも見えてくる。その一体感は見事であるし、広告界においては希有なケースでもあると思う。
ぼくは18年ほど前にそんな遠藤さんと出会うことができた。知人を介して紹介され、原宿駅近くの甘味処で会った時のことは今でもはっきりと覚えている。初対面でひとまわり以上年下のぼくに対し、遠藤さんは実にフランクでフレンドリーに接してくれた。何よりデザイナー同士として向き合ってくれたし、長時間楽しそうにデザインの話をきかせてくれたのだった。普段人見知りするぼくが瞬時に遠藤さんの人柄に魅せられてしまった。何年も経ってから気づくことになるのだが、ぼくはこの夜大切なことをたくさん学ぶことができたのだ。デザインをはじめてから師匠につくこともなく我流でがむしゃらにケロケロと鳴いてばかりいたこのぼくを、狭い井戸から広々とした世界に引き上げてくれた恩人なのである。本当に仕事をするということがどういうことなのか遅まきながら理解することができたし、それまで自分を呪縛していたさまざまな幻想をここからやっと解き放つことができたような気がする。
ボスコのオープニングを飾る自社展覧会で、遠藤さんは全国に先駆けてPhotoshopによる新作を発表してくれたし、建築家の息子さんである遠藤治郎さんにはボスコのリノベーションをお願いしたり、(治郎さんの兄、悦郎さんは「Adobe Photoshop AtoZ」の著者としても知られている)長年、遠藤さんと通子夫人には公私にわたりお世話になってきたので、書き始めたら連載しなければならないほどである。
先月、神宮前の自宅近くに新たにスタジオが完成したのでとお誘いを受け見学してきた。もちろん設計は治郎さん。ここはタイでの活動も本格化させている治郎さんの日本スタジオを兼ねているとか。地下は広々としたレンタルスペースでウェブの制作会社がこの春から入居するそうだ。久しぶりに遠藤さん夫妻にお会いして夕食をご馳走になった後、新宿高島屋に移動して初台側屋外デッキから「OLYMPUS」のネオンサインを眺める。久々に会った遠藤さんは、作者直々の解説付きという贅沢な観賞会を別れ際にプレゼントしてくださった。
ぜひ新宿に行ったら見上げてみてください。東京の夜空の一角で「いまだ見えないもの」が確かに今夜も「現れている」はずです。