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“はじまりの心”に希望は集う
62回終戦記念日の今月15日から20日まで、甲府駅前の山交百貨店で平和ポスター展が開かれている。ぼくの所属している(社)日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA)は、1983年から(財)広島国際文化財団とポスターを毎年1作づつ共同制作し、「ヒロシマの心」と「平和」を内外に呼びかけるキャンペーンを展開してきた。数年のブランクもあったがこのシリーズは今年で10作目を数える。山梨では初となるこの「ヒロシマ・アピールズ・ポスター展」とジョイントするかたちで、実行組織であるぼくらJAGDA山梨地区の会員もポスターを出品している。
「反戦」「核廃絶」や「平和」は重い重いテーマである。ポスターで表現することの意味も問い直さなければならない。こうした想いを抱えながら話し合った結果、結局ぼくらはテーマは設けずに各自自由に個人としてのアピールをすることにした。
戦後日本のグラフィックデザイン界において、ポスター表現は創成期よりデザインの華として君臨してきた。日本人特有の繊細さと根気強い情熱によって、今日では世界でもトップクラスと言われるまでにその表現を洗練させてきたのだが、ぼく個人としては、印刷技術がデジタルプリントと共存する時代に突入した頃から、もう従来のようなポスターはメディアとしての役割を終えつつあるのではないかと考えていた。
携帯の普及に伴いビジュアル表現は想像以上に極小化し、逆にまた大型デジタル出力環境の成熟化によって、ポスターよりはるかにスケールの大きい訴求も可能となってきた。手のひらにすっぽりと収まってしまう小さな器械や大きな商業空間に今日のように多彩なグラフィック表現が満ちあふれるなんて、20年ほど前に一体誰が想像しただろう。
ぼくは技術やメディアの変革によってポスター表現が衰退してきたと言っているのではない。二十世紀初頭のロシア・アヴァンギャルドからポスターというカタチをとっておよそ100年に亘って展開されてきたパッションはこれからも綿々と世代を越えて継続されていくことだろう。朝つくったポスターが夕方の街角に貼り出されるようなダイレクトなメディアとして、ポスターは本来の姿に回帰してゆくのかもしれない。あるいは極小から極大まで幅広いレンジにパッションは分解され、分化していくことも予想される。今問い直されているのは、美術指向を潜在させて、ダイレクトなメディアとしての機能を背景に押しやってきたポスターの様式そのものなのかもしれない。
これを機に、自身にも同じ問いかけをしてみようと考えた。そこでぼくは、ポスター様式に懐疑的でなかった頃つくった連作をあえて出品することにした。そこには当時のぼくなりの平和への想いもこめられていたからである。上の4点は『homage to spirale :「スピラーレ」に捧ぐ』というタイトルのつけられた出品ポスターの部分接写カットである。ポスターには次のようなコメントが添えられている。
「『Spirale(スピラーレ)』は1953〜1964年の間にスイスで発行された美術雑誌である。カンディンスキー、パウル・クレー、モンドリアンといった構成主義の画家たちはそこでさまざまな「若い芸術」のための異部門間による国際的フォーラムを試みた。この4連ポスターは、運動体『Spirale』のダイナモとなった初々しい試みの数々に捧げるオマージュである。どんな時代も、“はじまりの心”に希望は集う。半世紀前、わたしたちの世界に誕生したこれら“はじまりの心”の萌芽は、幾多の異種交配を経た真新しい樹木へと成長を遂げ、未来の子どもたちの前に大きくその枝葉を広げることとなるだろう。なお、各ポスターのビジュアルエレメントは本書から引用し再構成されている。」