昨日は一昨日の明日
ぼくが主宰しているBOSCOサイトのTOPページには、BOSCOを俯瞰してもらえるように、大きな画面で34の事例が自動的に入れ替わり、ランダムにループしている。その下には「Library」直近事例のサムネイルが4つ並んでいて、クリックすると各事例詳細ページが表示される。サムネイル(thumbnail)とは画像や印刷物ページなどを表示する際に、視認性を高めるために縮小させた見本のことで、親指(thumb)の爪( nail)のように小さく簡潔であるという意味からきている。そして右下の「View more」から事例一覧ページに移るようになっていて、移動したページには、これまた夥しい数のサムネイルが並んでいる。時系列順にこれまで制作してきた数多くの事例が掲載されていて、任意のサムネイルをクリックすると、その中には関連詳細事例が表示され、スクロールして各事例のデザインイメージを見ることができる。つまり掲載事例は「入れ子状構造」となっているので、すべてのLibrary事例を確認するためには(試したことはないが)おそらく半日以上かかるかもしれない。
掲載事例の多くはブランディングに関するもので占められている。シンボルやマーク、ロゴタイプからスタートして、そのブランドを構成するさまざまなツールがデザイン展開されている。掲載されているものは個々の事例なので、本当はそれらを貫くブランディングコンセプトこそ伝えたい根幹なのだが、これがなかなか難しい。クライアントにプレゼンした企画書を公開してもあまり意味がない。それらは住宅を例にとってみれば、趣意書、構造図、平面図、立面図、パースなどの断片的なプランにすぎない。やはり、仕上がった住宅を見学体験してもらう事がもっとも手っ取り早いのだが、サイトではそれも叶わない。したがって断片的なイメージの集積で感じ取ってもらうしかない。さらに、実際に商品展開されている売り場のsnapや、店舗外観・内観などのsnapでその全体像のイメージを補完をしてもらうことになる。
BOSCOの場合、クライアントの業態がホームセンターやスーパー(スーパーマーケットではなく、1フロアで衣食住すべてを扱う小売業における巨大店舗となるメガストア[megastore])、コンビニなどがメインなので、やはり食品が中心となるが、それにとどまらず、日用品をはじめ、生活に関するあらゆるジャンルが対象となる。日本のホームセンターはおよそ10万アイテムを揃える世界でも例を見ない業態で、実に幅広いアイテムを網羅しているので、それらと向き合うと、あたかも「生活をまるごとデザイン」しているような気がしてくる。さらに、それらの中に書籍などのエディトリアルのデザインやサイトデザイン、また、プロダクトデザインや店舗関連の建築デザインが点在して事例全体のアクセントとなっている。改めて見直すと本当にいろいろなデザインをしてきたんだと感慨深いものがある。個性のプチ集合体であるBOSCOなのだが、それでも何か一貫したトーンがにじみ出ているように感じられるのも、今さらながら不思議な気がしてくる。ここにまとめられている事例は2008年からのものなので、「Library」は、いわばそんなBOSCOの12年分の集積と言えるだろう。
言うまでもないことだが、デザインされた事例はぼくらの表現には違いないのだが作品と呼ぶようなものではない。自己完結する表現物ではなく、市場における購買対象者を想定した、クライアントとの協同制作物なのだ。デザインは企画、製造、販売までの流れの中で一部分を担うセクションにすぎない。そこで「たかがデザイン」、「されどデザイン」の気概をもって、さまざまな制約条件の中からもっともクライアントの要望に近い最適解を探す仕事なのだと考えている。そして、ぼくらの成果はシンプルに売れ行きとして数値で示されてくるのだが、数値化できない付加価値をときには生み出すという成果も忘れてはならない。求められること、応えられること、展開される舞台、購買者を包む時代感覚、それらが連動しながら動き続ける中でぼくらの仕事は試され、成り立っている。
こうして、ぼくがデザイン活動をスタートして46年が経った。しかし、現在サイトで掲載されている事例は、その年月の四分の一に過ぎない。近年の仕事の大半はブランディング事例で埋め尽くされていて、今も継続中のそれらの仕事が現在のBOSCOの中核を成すものなので、それ以前の埋まっている仕事をあらためて掘りおこすつもりなどなかったのだが、年明けから予想外の出来事が発生した。新型コロナウイルスである。その後の感染防止のために余儀なくされた長い自粛期間中、ある日突然、ぼくは下の地層から埋まっていた仕事をピックアップしてみようと思い立った。常々デザイナーは回顧することが似合わない職種で、生涯現役を貫くべきと考えていた。しかし、10年前の仕事も昨日の仕事も過去のものであることに違いはなく、こんな時でなければできない事をしてみるのもいいかも知れないと思い直してみた。そこで30年ほど遡ってみようと考え、「Archives」というコンテンツをサイトに加えてみることにした。掲載事例は合計15点に絞ってみた。すべてこれらはBOSCOとして発表してきたものだが、デザインそのものは、ぼく個人の仕事である。一番古い事例は1991年で、一番新しい事例は2009年。パンフレットなどのグラフィック、書籍や雑誌のエディトリアル、そして店舗環境グラフィックも含まれている。多くの事例はブランディングに較べてクライアントの要望や購買者への意識は抑えられていて、各テーマへの共感が色濃く表現されているデザインとなっている。
TOPページ「Library」サムネイルの下に新たに追加された「Archives」の4つのサムネイルが表示されている。「Library」の場合と同様にクリックすると詳細ページに移動できるが、右下の「View more」で15事例の一覧ページに移るので、そこから各事例紹介ページに移動してご覧いただきたい。ちなみに以下は各事例のキャプション一覧となる。
1-「アール・イマキュレ-ダウン・希望の原理」は、ダウン症の人たちの創作アトリエとして活動しているアトリエ・エレマン・プレザンの活動を紹介した、多摩美術大学芸術人類学研究所主催による展覧会とシンポジウムを紹介するために制作された小冊子である。[制作年:2009年]
2-「アール・イマキュレ-ダウン症の人たちの感性に学ぶ」は、ダウン症の人たちの創作アトリエとして活動しているアトリエ・エレマン・プレザンと多摩美術大学芸術人類学研究所による協働プロジェクト「ダウンズタウン・プロジェクト」の活動を紹介するために制作された小冊子である。(助成:財団法人セゾン文化財団)[制作年:2007年]
3-「Down’s Town」は、多摩美術大学芸術人類学研究所とアトリエ・エレマン・プレザンが協同で立ち上げた「ダウンズタウン計画」の紹介パンフレット。表紙デザインは所長・中沢新一氏とアトリエ代表の佐藤よし子さんと一緒に3人でPCの前で即興で作り上げた。また、随所に使われているイラストや描き文字も佐藤よし子さんによるものである。
[制作年:2007年]
4-「Sol」は日本グラフィックデザイナーズ協会山梨地区の1991~1993年までの交流会活動報告書として制作されたA3サイズの大判ブックレット。中には招待者であるサウンドデザイナーによる3DサウンドCDが納められている。サンプリングされた水の音や女性の声などが英詩朗読とミックスされ、デジタル処理を駆使して再構成されている。
[制作年:1994年]
5-Poster『homage to spirale :「スピラーレ」に捧ぐ』
『Spirale(スピラーレ)』は1953~1964年の間にスイスで発行された美術雑誌である。カンディンスキー、パウル・クレー、モンドリアンといった構成主義の画家たちはそこでさまざまな「若い芸術」のための異部門間による国際的フォーラムを試みた。この4連ポスターは、運動体『Spirale』のダイナモとなった初々しい試みの数々に捧げるオマージュ。どんな時代も、“はじまりの心”に希望は集う。半世紀前、わたしたちの世界に誕生したこれら“はじまりの心”の萌芽は、幾多の異種交配を経た真新しい樹木へと成長を遂げ、未来の子どもたちの前に大きくその枝葉を広げることとなるだろう。なお、各ポスターのビジュアルエレメントは本書から引用し再構成されている。[制作年:2000年]
6-清里の父と呼ばれ、異国の地で理想郷を創ろうとしたポール・ラッシュ。彼の残した思想は100の言葉に凝縮されている。これを機に記録写真を全てデジタル化し、様々なカラーによるWトーンで再現した。この書籍のデザインでは、これらの画像と100の言葉がセットにしてまとめられている。カバーの穴からは100の言葉の原文が見えるようにした。また、1968年と2003年の清里の風景を空撮した画像を対比して見返しを構成。大きく変わってしまったもの、そして何も変わっていないものが視覚化されている。
[制作年:2003年]
7-「ミクロコスモスⅠ・Ⅱ」は、中沢新一氏の比較的短い文章を集めて編まれた二部仕立ての書籍デザイン。造本は開きやすくエレガントなフランス製本とし、カバーには彫りの深いエンボスによってハンガリー語の綴りが再現されている。(表紙文字は顔料箔押し)また、帯、カバー、本扉などに採用されたイラストは、17~19世紀にイングランド、フランス、イタリアで制作された刺繍のための原画を元にしている。[制作年:2007年]
8-「対称性人類学Ⅱ・狩猟と編み籠」は中沢新一氏による芸術人類学叢書Vo.1として、2008年に講談社より発刊された書籍デザイン。本書では装幀に加えて本文の造本設計も担当している。裏表紙の写真は石川直樹氏「New Dimension」より。[制作年:2008年]
9-「自然とエロスの宗教・シヴァとディオニュソス」は芸術人類学叢書Vo.2として、2008年に講談社より発刊された書籍デザイン。本書は装幀のみで、裏表紙の写真は天野移山氏撮影による「ネパール・シヴァのリンガ」より。[制作年:2008年]
10-「Sems(セム)」は、中沢新一氏が主宰するゾクチェン研究所通信としてデザインされた。B5判・第6+7合併号とA5判・第8号がある。8号は「ジョン・グールド鳥類図譜総覧」より転載。発行はゾクチェン研究所と照光寺宗教文化研究所。[制作年:2004年・2008年]
11-「夜の知恵」は2006年、多摩美術大学に誕生した芸術人類学研究所の初代所長となった中沢新一氏が、開所式のために編んだ私家版冊子である。デザインは中沢氏が隣りに座り一緒に制作。著者と共にブックデザインするという幸運に恵まれた思い出深い作業となった。
ちなみにこの研究所のリフォームを担当した遠藤治郎さんは、先にボスコのリフォームを依頼した建築家で、中沢氏の希望で、芸術人類学研究所とボスコのインテリアは兄弟のように似通っている。[制作年:2006年]
12-雨畑硯は日本における最高の硯と呼ばれ王座を占めている。その地で何百年間も手作業で製作を続けている雨宮弥兵衛家のブローシュアデザイン。タイトル文字は明治時代の活版刷りから拾って組まれ、黒が二度刷りされた硯の写真は、風合いのある薄手用紙からぼんやりと浮かび上がり、カラー写真と対比させて、デザインアクセントとなっている。全体感に和を意識した意匠である。[制作年:2007年]
13-「造本・山本育夫詩集・新しい人」は手漉き和紙160枚あまりに手巾刷りされ、それらの和紙の束は5人のアーティストによって制作された箱に納められた。これらの試みは1991年にドイツ・フランクフルトのブックフェアーにセッティングされ、多くの人々が関わった「new man device」と命名されたこのプロジェクトのためにポスターとパンフレットが制作された。[制作年:1991年]
14-「Paper Jewelry Book」はSol 2のシリーズデザインとして構想され、ジュエリーデザイナーの園部悦子、黒川興成2名によるオリジナルジュエリーデザインをペーパーで再現できるようにしたブックレットデザインの試みである。各型紙はカラーのトレーシングペーパーに包まれている。後にこれらのジュエリーデザインは金属によって再現され、商品化された。[制作年:1996年]
15-新宿高島屋11階の全フロアーに誕生したDigital Square 21 ベスト電器の壁面グラフィックデザイン。デパート内にオープンする初の家電店には、他店のような法被を羽織ったスタッフの姿はなく、デジタル時代の幕開けとなった新世紀に相応しい、カジュアルな佇まいのスタッフたちがポロシャツ姿で対応した。(施工はスペースによる)[制作年:2000年]