プラネットアースを楽しむ
ここ数年継続している定期小旅行の宿で過ごす夜、最初のうちは読みかけの本を開いたりTVを観ていたが、番組はどの局も代わり映えしない内容だし、ニュースもスマホチェックで事足りてしまう。そこで、購入した映画のDVDや録画してもなかなか時間がとれずに観られなかった収録物をブルーレイディスクなどにコピーして、宿の備え付けプレーヤーで鑑賞したりしていたのだが、それも次第に物足りなくなってきた。
そこでハタと閃いたのが自室で夜な夜な観ているAmazonのFire TV-4Kだった。これはTVに接続して使うセットアップボックスの小さな出力機器で、Apple TVと同じく、専用機器をTVのHDMI端子に接続してWi-Fiにつなぐだけで、5万タイトルもあるAmazonビデオの映画やYoutube、スポーツやニュース番組が見放題となるデバイスなのだ。prime会員なら享受できる膨大なコンテンツサービス環境は実に豊富で、観はじめたら本当にきりがない。動画ライフにはまり、使いはじめたら止められずにリモコン片手に自宅に引き籠もってしまう人も出現しているとどこかで読んだ記憶があるが、さもありなん。見始めたら次々と興味がスライドしたり、スキップしていくので、その深い視覚情報の沼に引き込まれてしまう気持ちも分かるような気がするが、スマホ依存もそうだけど、結局は本人の自己責任で活用するものだから、向き合い方も千差万別と考えたらよいのだと思う。しかしこうした多様なコンテンツが出現してくると、横並びで代わり映えしない地上波番組などからは次第に人々は離れていってしまう時代になるのもそう遠い話ではないかもしれない。インターネットを介して配信されるデジタルオーディオ、ビデオコンテンツを高精細テレビで視聴するAmazon Fire TVは、HuluやNetflixなどの有料アプリなどを使うとさらにTV番組、映画、音楽、スポーツ、ゲームなど幅広いラインアップからさまざまなコンテンツが楽しめることになる。機器の仕様は、厚さ10mmほどの65mm角の本体と電源アダプタ、それに長さ150mmほどのコンパクトなリモコンだけで、あっけないほどシンプルこの上ない。そこでぼくはこれを旅先に持って行って、宿のTVに接続すれば、夜は退屈しないのではと考えたのだ。
結果は大正解!今やほとんどの部屋はWi-Hiが完備されている環境なので、慣れれば2〜3分の接続設定で試聴が可能となる。4K対応なので画質も驚くほど鮮明だ。また、音声認識対応リモコンなのでいちいち入力しなくても、タイトルや俳優・監督名、ジャンルなどを言うだけでAmazonビデオの映画やTV番組が検索できる。例えばYoutubeだけでも、世界中からあらゆるカテゴリーの動画がアップされていて、コンテンツは恐ろしく広く奥深い。仮にお気に入りのミュージシャンを検索すると、すぐにそのミュージシャンの楽曲タイトルが表示されるので、観たいビデオをクリックすると音楽ビデオがスタートする。早送りやストップも自在だし、終了すると次々と関連動画が自動再生されるので、放っておけばいつまでもお気に入りのミュージシャンの関連映像が途切れることはない。時折挿入される広告は3秒ほど我慢すればスキップできるから、これはYoutubeを試聴するための使用税だと考えることにしている。必要最小限のボタンしかついていないリモコンも優れもので、さぞかし初期設定は難しいのではと危惧していたが、さすがAmazonという感じでサクサクと設定して簡単に設定完了できる。先行機種の第2世代Fire TV Stickと比較すると、第3世代であるこのAmazon Fire TVは価格がほぼ倍なのだが、高画質対応なので4K動画視聴に適しており、ゲーム環境が更に快適になったり、動画再生がスムーズになりさらに進化していると伝えられているが、ともあれAmazon Fire TVはこうしてぼくの小旅行の夜の恰好の友となった。
例えばこんな映画がある。過酷な環境で生き抜くペンギンの極限の親子愛を追った「PENGUINS」。シーズン1のエピソード1では、南極のコウテイペンギンやフォークランド諸島のイワトビペンギン、そしてアタカマ砂漠のフンボルトペンギンを追う。凍てつく南極から灼熱の熱帯まで、自然界で最も献身的な親たちの物語をカメラは記録していく。そこで活躍するのはペンギンたちの群れに潜入するスパイカメラ。ペンギンのそっくりさんにはカメラが巧妙に組み込まれていて、遠隔操作で彼らの生態を余すところなく捕らえることができる仕掛けだ。そのスパイカメラペンギンを仲間と認識しているペンギンたちの中には求愛行動をとってくるものまで出てくるから微笑ましい。さらにダミーペンギンから生み落とされた卵や側に置かれる岩のレプリカにまでカメラは仕込まれていてあらゆるアングルから群れの様子を克明に観察する。ちゃっかり4輪タイヤのヒナもいるのはご愛敬だ。こうして長期間にわたってくまなく記録されるペンギンたちの生態はとても興味深く、子孫を次代に繋いでいくための涙ぐましい数々の努力の物語は感動的だ。
またじっくりと集中して鑑賞出来るときに選ぶのがPLANET EARTHシリーズだ。『プラネットアース』(Planet Earth)はイギリスのBBCによる自然ドキュメンタリーシリーズで(日本のNHK、アメリカ合衆国のディスカバリーチャンネルとの共同制作番組でもある)、日本では仲間由紀恵さん、ココリコ田中直樹さん、動物写真家 岩合光昭さんなどさまざまな出演者らによる吹き替え版が衛星放送NHKスペシャルでも放映されている。シーズン1には11のエピソード、シーズン2には6つのエピソードが収録されている。
シーズン1
エピソード1「生きている地球」(英題:”From Pole to Pole”)
エピソード2「淡水に命あふれる」(英題:”Fresh Water”)
エピソード3「洞窟 未踏の地下世界」(英題:”Caves”)
エピソード4「乾きの大地を生きぬく」(英題:”Deserts”)
エピソード5「高山 天空の闘い」(英題:”Mountains”)
エピソード6「草原 命せめぎあう大地」(英題:”Great Plains”)
エピソード7「海 ひしめく生命」(英題:”Shallow Seas”)
エピソード8「極地 氷の世界」(英題:”Ice Worlds”)
エピソード9「ジャングル 緑の魔境」(英題:”Jungles”)
エピソード10「森林 命めぐる四季」(英題:”Seasonal Forests”)
エピソード11「青い砂漠 外洋と深海」(英題:”Ocean Deep”)
シーズン2
エピソード1「島 生命の小宇宙」(英題:”Islands”)
エピソード2「熱帯の森 ひしめく命」(英題:”Jungles”)
エピソード3「砂漠 不毛の大地」(英題:”Deserts”)
エピソード4「草原 緑のゆりかご」(英題:”Grasslands”)
エピソード5「高山 天空の闘い」(英題:”Mountains”)エピソード6「都市 新天地への挑戦」(英題:”Cities”)
「誰も見たことのない地球の素顔」を制作コンセプトに、各エピソードではドローンによる天空の視線や超小型防震雲台を駆使した生き物の目線で、全編をHDカメラで収録した極上の映像で展開されている。各テーマにそって練り込まれた企画を選りすぐりのスタッフらが、気の遠くなるような時間と手間(そして予算も)をかけて制作したそれらの映像はどれも博物学的姿勢に貫かれていて、思わずこちらも姿勢を正して見入ってしまう。
これを観て即座に思い出すのは、ナショナル・ジオグラフィックだ。学術誌でありながら絵や写真を多用した雑誌として知られるこの科学誌は1888年に「National Geographic Magazine」として創刊された由緒ある雑誌だ。誌面に載るのは1万枚から選ばれたほんの1、2枚というきわめて厳格な掲載基準で、最高品質の記録写真を掲載してきたことでも知られている。世界36カ国語で発行されていて、今では180か国以上で850万人が定期購読している。発行元のナショナルジオグラフィック協会はワシントンD.C.に本部を置く非営利科学教育団体だが、2015年にメディア部門を21世紀フォックスに売却したので、現在の同誌の発行元は新会社であるナショナル・ジオグラフィック・パートナーズとなっている。ただ、ナショナル・ジオグラフィックにはこんな批判もある。「第三世界の人々は異国的なものとして描かれる。理想化され、1つの歴史観に沿った形にそぎ落とされ、性的特色を付与される。男権主義的修辞技法、異文化の接触を一方的観点で見ること、世界を階層化された構造として見ていながら客観性を主張していること。(Wikipedia)」などである。また、アメリカの既成の体制や企業の利権と密接に関連しているといった批判もある。しかし、1888年以来、8,000件を超える研究や調査プロジェクトを支援し、世界に関する知識の向上に貢献してきたことは間違いない。ナショナル・ジオグラフィックは動画配信もしているが、スケールとクオリティにおいては、矢張り『プラネットアース』には適わない。やはり牙城は動画でなく、基本的には静止画メディアという事なのだろう。
『プラネットアース』(Planet Earth)に話を戻そう。観るたびにどのエピソードも実に贅沢に作り上げられているとつくづく思う。8,000m級の高山をさらに上空から捉えた天空の視線。鳥になって山肌を滑空するような信じられないアングル。何時間も息を潜めて根気よく待ち続け、運良く撮影された劇的瞬間。長くても15秒ほどのそれら貴重な記録映像を丹念につなぎ合わせ、自然が垣間見せる感動的な瞬間を生き生きと見せてくれる『プラネットアース』。世界中で日々放映されるどんな映像よりも、時間、予算そして情熱をかけて、ぶ厚く積み重ねられたこの番組を観ていると、自分が体験したリアルな実感ではないけれど、多様で、豊潤で、美しくて過酷なこの世界の片隅に今こうして生きていることの幸せを噛みしめることができるのだ。