Pepper(最上段)、Nao(2番目)、RPC-S1(3番目)、アザラシ型ロボット「パロ」(4番目)、コドモロイド」と「オトナロイド」(5番目)、「テレノイド」(6、7番目)、イシグロイドと石黒教授(8番目)、イシグロイドとジェミノイド-F(9番目)、以下は「Hiroshi Ishiguro Laboratories」より

アンドロイドの不気味の谷

Android
2014.7.02

2011年10月5日にこの世を去ったアップル社元CEOスティーブ・ジョブズ(Steven Paul “Steve” Jobs)の追悼インタビューで、盟友ソフトバンク社長の孫正義氏がジョブズの果たせなかった夢について語っていた。iMac、iPod、iPhone、iPadと立て続けに革新的商品を世に送り出してきたジョブズが究極の商品として構想していたもの、それはiRobotに他ならなかった、と孫は語る。人々の意識下に眠る欲望を直観する能力に長けていたジョブズは、コンピュータ技術を人間に融合させた究極のロボットを構想していた。そしてジョブズ亡き後、孫はジョブズのこの果たせなかった夢を引き継ぎ、新たな事業ビジョンを打ち出す決意をした。ソフトバンクは6月5日、人間の感情を理解できるヒト型ロボットの開発と、2015年2月から一般向けの販売も開始すると発表した。(本体予定価格は198,000円)もちろん、同社初となるロボット販売だ。
同種の先行商品にはsonyが1999年に発売したペットロボット「AIBO」がある。限定販売された250,000円の初代AIBOはわずか20分で売り切れるほど大人気だった。モチーフはライオンの子ども、クマイヌ、パグ犬など幾多のモデルチェンジを経て、その後価格は10万を切るまでになったが、2006年の最終モデルを最後に販売を終了した。AIBOの特徴的な機能は、各種センサーを備えて動物的な反応を可能としたこと、機嫌や成長度合いに応じた反応を示すこと、自分の判断で充電するというような自律行動が可能となっていること、さらには追加プログラムが可能となり、例えば「関西弁データ」なども提供されたことなどがあげられる。このように販売と開発を並行させながら進化を遂げたAIBOは、これまでのような受け身ではなく、自律稼働する個体として家庭に持ち込むペットロボットというジャンルを世界に先駆けて確立した初の事例となった。
AIBOから10年後に登場したこのソフトバンクのロボットはヒト型であることが大きな特徴となっている。愛称は「Pepper(ペッパー)」。高さはおよそ1,2m、体重28kg。人工知能を有し、額と口に内蔵されたカメラで相手の表情を読み取り、頭にあるマイクで声色から相手の感情も推定することができる。車輪で移動し、リチウムイオン電池で連続12時間以上稼働可能。元気ない相手を励ますような言葉をかけたり、子どもに絵本を読んであやしたり、帰宅した母親に留守中の子どもの様子を報告したりすることもできるという。
孫社長は「心を持つロボットを目指し、パソコンなみの価格で提供したい」と語っている。1台あたりの低コスト化は、高額な人工知能(AI)を単体では持たずに、インターネット上に置いて複数のロボットとの間でやりとりすることで実現。 ところでこのPepperをつくったのは、ソフトバンク子会社でロボット開発を手がけるフランスのアルデバラン・ロボティクス社。創業者のブルーノ・メゾニエCEOは、ロボット制作は鉄腕アトムを見ていた頃からの夢だったと語っているが、彼が孫社長とビジョンを共有できたことが今回のPepper誕生につながった。ロボティクス社は世界でもっとも売れている自立歩行する小型ヒューマノイドロボットとして有名なNao(ナオ)の開発会社としても知られている。Naoは主に教育現場に導入され、教育パートナーシップ・プログラムを通じて中等教育の要望に応えた教育ソリューションを提供している。Naoは生徒に情報工学の初歩を教え、抽象的概念の説明や数学の定理、物理・電子の原理解説、またメカニックを教えることにも応用されていて、12歳から18歳の生徒達のモチベーション・アップの原動力となっているそうだ。(“ユビフランスへようこそ-フランス大使館企業振興部-ユビフランス日本事務局”より)
ロボットはIT、機械、医療技術の集大成ともいわれている。先頃来日したオバマ大統領が日本科学未来館を見学した際、ホンダが開発した二足歩行の人間型ロボット「アシモ」とサッカーに興じている報道があったが、大統領はロボットに集約されるさまざまな科学技術がアメリカ人の革新力を高め、次代の産業の呼び水となる製造業振興と位置づけているようだ。(もちろん軍事用も視野に入れている)「アシモ」とボールを蹴り合ったあと、大統領が特に熱心に見ていたのはロボット「エスワン」。隣にはスーツ姿の大統領とは対照的なカジュアルなスタイルの二人の若者が立ち会っていた。エスワンを開発した中西雄飛と浦田順一である。東京大学情報システム工学研究室で助教授を務めていた彼らは世界一の二足歩行ロボットを完成させるという夢を実現させるため、2012年にヒト型ロボットベンチャー「SCHAFT(シャフト)」をスタートさせた。そして2013年、二人の発想力と高い技術力に注目したGoogleはSCHAFTを吸収し、いまや二人はシリコンバレーの一員となっている。日本にしたら知能と技術の海外流出。片や彼らにすれば、夢に向かう確かな階段を一段登ったことになる。
元々、ロボット開発は日本のお家芸だった。特に産業用の分野に関して日本は世界の最先端を走ってきた。国内でもロボットベンチャーへの期待は高まっていて、アベノミクス第三の矢として閣議決定された「日本再興戦略」の中には、「ロボット介護機器開発5ヵ年計画」が組み込まれている。政府の投資は「介護用ロボット」が中軸だが、将来的にロボット産業は日本の基幹産業へと成長する可能性があると政府は考えているようだ。その背景には近い将来日本が突入するであろう、人類がこれまで経験したことのない超高齢化社会の到来がある。すでに老人ホームやデイサービスなどいわゆる「高齢者福祉施設」で介護ロボットを導入するケースが増えている。介護用ロボットはもちろん、介助者へのサポート技術、あるいは認知症予防のためのコミュニケーションロボットや癒し系セラピーロボットなどの活用と、この分野への期待感は年々高まっている。
ぼくも車のナビで、「長時間運転しています。そろそろ休みませんか?」という女性アナウンスで呼びかけられると、あらかじめ組み込まれたものだと分かっていても、つい気持ちが和んでしまうから不思議なものだ。これがさらに感情を理解し、学習することによってよりキメ細かく個別対応する技術が確立されてくれば、人格はないと理解しているつもりでも感情移入してしまいそう。アニマル・セラピーだって遠い未来の話ではない。人の呼びかけに反応し、抱くと喜んだり、人間の五感を刺激する豊かな感情表現をするセラピーロボットは、実はすでに多くのお年寄りの心を癒している。世界一の癒し効果をあげ、すでに実用化されているというアザラシ型ロボット「パロ」などの実例をみればそのことはよく分かる。パロはアメリカでは医療機器として承認されていて、デンマークでは70%以上の地方自治体に公的に導入されていて現場で高い効果をあげているという。
心を持つロボットのビジョンを映像化したのは、故スタンリー・キューブリックの意志を継いで『A.I.』を完成させたスティーブン・スピルバーグ。2001年に発表された『A.I.』は、Artificial(人工の)Intelligence(知能または知性)の略となったタイトル通り、彼はさらに一歩踏み込んだロボットのピノキオ化をそこで試みている。しかし人間として愛されることを切望したロボットの悲哀を描いたこの作品が、興行的にもSF映画としての評価も決して芳しいものではなかったのは、ロボットと対峙する人間の醜さや矛盾点をあぶり出したにもかかわらず、不気味で不毛な印象を与えてしまったからなのだろう。
さてこうしてロボットの脳、つまり人工知能を発展させてくると、必然的に人間そっくりロボット=アンドロイドを知能の容器として求めてくることになる。しかし、人造人間やアンドロイドの定義、そして人間とアンドロイドの境界性の問題も、現時点では明確には定まってはいない。それは、人間とは、心とは、生命とは何か、といった根源的な問いかけに対して、いまだ明確な答えが示されていないからだ。人造人間は人間ソックリに行動するリアルな蝋人形にすぎないのか。それとも人格を有する新しい存在物なのか。
リアルをテーマにした美術展(高松市美術館)では落語を演じる「米朝アンドロイド」が出品されたり、日本科学未来館では常設展で3体のアンドロイドがお披露目されたりしている。子供型アンドロイド「コドモロイド」と成人女性型の「オトナロイド」、そして人間の特徴を極限までそぎ落としてデザインされた「テレノイド」の3体。「米朝アンドロイド」も含めこれらすべてのアンドロイドを総合監修したのはアンドロイド研究の第一人者といわれる石黒浩氏である。 メディアにも度々登場するこの大阪大学の石黒教授は、ジェミノイド(Geminoid)という、モデルに酷似した外見をもつアンドロイドの試作を重ねている。ジェミノイドは実在人間型ロボットを遠隔制御することによって対話機能を実現し、その開発技術を通じて人間の持つ存在感を解明しようとしている。人間と見間違うほどリアルなロボットによって「人の存在」という「従来は哲学者の思惟でのみ可能であった研究を、初めて客観的・定量的に行うことを可能にした」という。(IT media ニュースより)
石黒教授は自分をモデルにしたロボットとともに度々登場しているが、自身をロボット(イシグロイド=Geminoid HI-2)に合わせるため、自らの美容整形を試みているというから、なんとも逆転したアプローチで、これは研究というより自己同一化への飽くなき探求といえそうだ。また、石黒研究室では女性型遠隔操作型アンドロイド「ジェミノイド-F」ちゃんも公開している。モデルとなった女性はロシア人のクォーターということ以外は公表されていないが、やはりこのツーショットも双子みたいに一見するとちょっと見分けつかないくらいのそっくりさん。
ところでロボット工学の概念には「不気味の谷」という仮説があるらしい。ロボットの外見や動きが人間に似れば似るほど、ロボットに対する親しみや好感度は高まるものの、それがある点を超えるととたんに不気味になるというロボット工学者の森政弘教授が1970年に提唱した仮説だ。Wikipediaの解説によれば、対象が実際の人間とかけ離れている場合は人間的特徴の方が目立ち認識しやすいために親近感を得やすい。しかし対象がある程度「人間に近く」なってくると非人間的特徴の方が目立ってしまい、観察者に「奇妙」な感覚をいだかせる、とこの現象を説明している。これは見分けがつかなくなることへの本能的な嫌悪感なのか。それとも、人でない存在が人としてそこにいるという(ある意味で死体を連想させる)不気味さがもたらすものなのか。
スタンリー・キューブリックの「2001年宇宙の旅』(英:2001: A Space Odyssey)に登場した架空のコンピュータ「HAL 9000」は、宇宙船で反乱を起こし異常に気付いたディスカバリー号船長ボーマンによって自律機能を停止させられたが、「HAL 9000」に心の存在が感じられたのは彼が姿を持たなかったからなのだろう。SFの世界だった2001年からすでに10年以上経った現在も、いまだに工学と医療と倫理の交差点に口を開けている「不気味の谷」の謎は解明されないままだ。しかし、それぞれに深化を遂げ、遠く分離されていたロボットの「心」と「身体」は未知の一体化を目指して、ジワリジワリと日々接近しはじめている。


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