Above_"Tanz Walzer" Cover
Below_"Tanz Walzer" Spread
Copyright : QURULI. Victor Entertainment, Inc.

2007.8.06

ワルツを踊れ」(Tanz Walzer)を発表したQURULI(くるり)というバンドのことを、ぼくはほとんど知らない。知ってることといえば、結成以来の10年間メンバーチェンジを繰り返し、7作目となるこの最新作は残ったメンバーである京都出身の岸田繁と佐藤征史によって、ウィーンやパリで現地ミュージシャンとともに4ケ月間かけてつくられたということくらいだ。でも、そこに収められている音楽のことはよく知っている。ちょうど40年前の1967年、それこそ擦り切れるくらい繰り返し聴いていた音楽とそこで久々に再会したからだ。これは、まぎれもないぼくらの時代の上出来なポップミュージックなんだと思う。クラシック音楽に影響を受けたアルバムだという記事を以前見かけたけれど、むしろ多様なジャンルの音楽がスリリンングに編み込まれていて、クラシック音楽はそんな楽曲のひとつの要素に過ぎないんだという印象が強い。
それにしてもあれから40年後に、才能ある日本の若者のつくったこんな音楽と出会うことになるとは思ってもみなかった。最初聴いたときには何となく関西版「Moonriders(ムーンライダース)」みたいな印象だった。しかし聴き進むうち、はっきりと見えてきたアルバム全体を包み込むトーンは、ぼくのよく知っている音楽に近いものだった。ロック・ミュージックの金字塔と言われる、BEATLES(ビートルズ)の「SGT. PEPPER’S LONELY HEARTS CLUB BAND(サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド)」のことである。あの時、プロデューサーのGeorge Martin(ジョー ジ・マーティン)が、ビートルズの感性を通じて伝えようとしたものを、いま極東の国で再現したらこんな風になるのではないだろうかと聴きながら、ふと考えた。「よりによってあんな名盤を引き合いに出すなんて!」という批判も聞こえてきそうだが、書物に誤読があるように、音楽にも誤聴があったっていい。クラシック音楽も誕生した時はある意味ではポップミュージックだったんだし、ポピュラーとなった民族音楽のひとつなんだと考えると、とっても自由な気持ちになってくる。軽やかにそして同時代的に、文化も様式もシャッフルし表現し尽くそうとする試みは、力強い肯定の意志に支えられていてとても心地よい。音楽のもっている力や可能性が、肯定する喜びを通じてひしひしと伝わってくるのだ。こんな再会なら、何度したっていい。

Above_
"exercices de style"Cover & Door
Below_"exercices de style" Spread
「文体練習」
レーモン・クノー/朝日出版社刊

2007.7.25

レーモン・クノーの「文体練習」というこの本のことをぼくに教えてくれたのは、編集者の平林享子さん。一緒に取り組んだ仕事の打ち合わせの中で、平林さんお気に入りのデザインとして紹介してくれた一冊だった。扉にも登場している二人の男にまつわる些細な出来事が、およそ100通りの文体で書き分けられている。原書はフランス語を学ぶ際の格好のテキストとしても有名な本なんだそうだ。松岡正剛さんの「千夜千冊」にも取り上げられていて、あの編集工学の提唱者・松岡正剛氏が「それにしても、ものすごい編集手腕である」と絶賛をするほどの書物なのだ。たしかに文句なしに面白いし、何と言っても翻訳が秀逸。それぞれにクセのある文体がこんな見事な日本語に置き換えられてしまうなんて脱帽ものである。
しかし驚いたのはそれだけではない。造本と本文レイアウトを担当した仲條正義さんの仕事ぶりがこれまた素晴らしい!テキストごとにクノーの技に拮抗するような実験的試みが展開されていて、ページを開くとついつい引き込まれてしまうことになる。墨と赤2色による配色、そして書体や文字組といった限られたツールを駆使して、ほぉ〜、今度はこうきましたか、という感じで次々とレイアウトの技を繰り出してくる。まるでこれでは「文体練習」ならぬ「視覚配置練習」ではないか。二重の練習本となっているわけだ。なるほど造本にもこんな可能性があったのかと感心させられ、仲條さんの衰えることを知らないラジカルで洒脱な試みについ心が踊ってしまう。時空を越えて、原作者と翻訳者、それに装幀家の三者がまるで並走するかのようにしてつくりあげられたこの小粋な本は、所有する者をなんとも幸せな心持ちにしてくれるのだ。

Above_Sellected Paintings & Collages
Below_Excerpe from WHY WE GOT THE SACK FROM THE MUSEUM
Copy Right : David Shrigley

2007.7.12

David Shrigley(デイヴィッド・シュリグリー)はイラストレーター。それもちょっとアブナイ奴だ(とぼくは勝手に思ってる)。Esquireで2005年の1年間、予告ページに単色線画のイラストを描いていて、それがとても印象的だった。ブラックで暴力的な作風を売りにするイラストレーターは大勢いるけど、このオバカさはちょっと得難くて、すごく魅力的。なかなかこういうイラスト、日本ではお目にかかれない。ぜひ一度彼の作品を使ってデザインしたいと思っているが、チャンスがなくてなかなか願いは叶わない。
デイヴィッドは1968年英国マックルスフィールドの生まれ。2年前に出版された「The Book of Shrigley」が英国で爆発的な人気を呼び、今や本国では話題のイラストレーターとなったデイヴィッドである。
本人は「念入りに描いた落書き」と自作を評しているそうだけど、彼の心の中に渦巻いている「乱暴なもの」「病的なもの」「怒り」「アイロニー」「ブラックユーモア」「けだるさ」「パンク」「挑発」なんかが、無造作に吐き出されていて、そこにある種の必然というか宿命的なものを感じてしまうから、くどいようだけどやっぱり彼はアブナイ奴なんだと思う。事実、Esquireに掲載されていたインタビューでは、文学青年のようなナイーブなルックスとは対照的に「僕は生来怒りっぽいたちだから、心の中の汚いものを作品に吐き出しているのかもしれない。それで助かっているんだ。でないと精神病になって、人を殺してしまうかもしれないからね」(Esqire 2006. Vol.20 No.3 61pより引用)なんて物騒な発言もしている。
ペインティングやドローイングに加え、クスッのアニメーションやテヘッな彫刻、さらにはお茶目な写真まで、彼の表現フィールドは実に多彩で、そのいずれにも彼の心の汚いものが律義に吐き出されているから面白い。これはもはや相当にねちっこくて野暮なアートの領域。Francis Bacon(フランシス・ベーコン)やWillem de Kooning(ウィレム・デ・クーニング)同様、軽妙でお洒落なスマートさとは対極にある、やるせなくてヘビーな心の産物だ。でもこの魅力、簡単には抗えないものがある。

Left_2003 Feb. Esquire Cover
Right_2007 Jun. Esquire Cover
Copyright : Esquire Magazine Japan

2007.7.01

職業柄、雑誌を何誌か定期購読している。中でも10年以上に亘る長期講読は「エスクァイア日本版」の一誌のみ。その歴史はとても古く、1933年に「米版エスクァイア」が男性誌として創刊され、日本版も今年で創刊20周年を迎えるというのだから、老舗商業雑誌の代表格といえるだろう。米日の他に韓国、中国、台湾、タイ、インドネシア、香港、トルコ、それにオランダ、ギリシャやロシアと、ワールドワイドに展開されているこのカルチャーマガジンは、「Art of Living」というフレームの中に筋金入りのエスクァイア・ワールドを構築してきた。これだけの歴史と広がりをもつ雑誌は世界でもそう数多くない。
新しい時代を映す教科書のような雑誌だという評価もあれば、見方によっては広告以外の誌面も商品カタログとして機能する洗練された大人のセレクトショップ・マガジンだという見方もある。いずれにしても、長きに亘って安定した読者層に支持されてきたのは、伝統的に継承されたその編集能力に拠るところが大きいのだと思う。当たり前のことだけど、雑誌の質と完成度は掲載情報をいかに削ぎ落とし厳選するかといった選別能力に大きく左右される。
しかし、ぼくが惹かれ続けている理由はそこにあるのではなくて、そのデザインにある。AD(Art Directior)は、この10年ほどずっと桜井久さんが担当している(初代ADは木村裕治氏)。an.an、ポパイ、Olive、BRUTUSなどのADとして雑誌の黄金期を築いた、洒脱の巨星と呼ばれる堀内誠一以後、マガジングラフィックス界には3本の大きな流れが生まれたと言われる。木村裕治、岡本一宣、そして藤本やすしの3氏を源流とする系譜の誕生だ。この桜井さんは御三家の一人藤本やすし氏が1983年に設立した「Cap(キャップ)」の創設メンバーにも名を連ねているベテラン・デザイナーだ。
とにかく桜井デザインは決して前に出過ぎることがない。そのさじ加減は絶妙で、つくづくこれはプロの技だなぁ、と感嘆させられる。フツーの中にその雑誌特有の芳香と時代の空気感を漂わせるのは、実はとてつもなく難しいことである。マガジングラフィックには、写真や文字を自在にコントロールする高度な技術と、常に時代の匂いを嗅ぎ分け必要に応じて微妙に誌面をデフォルメし続けるという繊細で柔軟な技が要求されてくる。まさに雑誌は生き物。時代に寄り添って呼吸し続けなければ、あっけなくその生命力は失われてしまう。そこに雑誌づくりの難しさと面白さがあるのだと思う。

BLOCK CLOCK
ブロッククロックスクエア。

2007.6.14

果樹王国といわれる山梨の、これから旬の果物といえばやっぱり桃だろう。
話は一転するが、今年2月のある日、突然ボスコを訪ねてきたデザイナーがいた。その人、鈴木昌尚くんは以前ボスコに勤めていたことがあった。それまで彼は東京の(株)アタマトテインターナショナル(代表 榎本了壱氏)にデザイナーとして勤務していたが、事情があって郷里の山梨に戻ることになり、求職活動を経てここボスコに入社したのだった。しかしその後、色々な出来事があって「君にはちょっと問題が多いね」と、同じく問題の多いぼくから通告され、たった1年足らずで強制退社させられることになってしまった。その後も「再就職したいからもう一度チャンスをください」とか「これからちょっとお邪魔したいのですが」とか、時々電話をもらったりしたが、その都度ぼくには「またね」とつれなく言われ、門前払いを食ってきた経緯があった。鈴木くんはそんな打たれ強くて辛抱強い人だった。
その日のアポなし訪問は「事前に連絡すると昔みたいに断られるのではないかと思案したうえ、突撃するしかないと思い実行に移し、けっこう緊張しました」と思いあぐねた上での強硬突破だったと後で知ったが、それほどまでして、どうしてぼくなんかに会いに来るのだろう。「とにかくデザイナーと話がしたかった」と、彼は言うのだが…。デザインへの思いを受け止める人が周りにいなかったということか。現在フリーペーパー制作会社に籍を置いているというそんな鈴木くんが、当日手土産に持ってきてくれたのが上の写真の「BLOCK CLOCK」という置き時計。今もパソコンの脇に置いて重宝させてもらっている。そう言えば昔もY.M.O.の二枚組CD「SEALED」をプレゼントされたことがあったけど、かわりにぼくはこれまで何ひとつあげてこなかったなぁ、と彼が帰ったあと気付くのだった。
そこでやっと桃の話に戻るのですが、鈴木くんの実家は御坂で本格的な桃栽培農園を営んでいる。桃と葡萄づくりはご両親、息子はデザインしながら農園修業中の身。ある時お父さんに勧められて作った「モモコ」という桃農園のサイトがあるから一度機会があったら見てほしいと言われ、早速見てみる。なかなかの出来栄えだったので翌日感想メールを送ると、ほどなくしてそのサイトがMovable TypeコンテストでHITACHI賞とロフトワーク賞を受賞したという報告メールが返ってきた。よかったね、鈴木くん、おめでとう。しかし、ボスコを訪れたその直後、受賞のニュースを聞くこともなくお父さんが急逝してしまったことも、後に「モモコ」のブログで知ることになる。家業を引き継ぐため修行半ばの彼は、師となるべき父の不在という辛い試練の日々を今日も送っているのだろうか。
もう決して若いとはいえない鈴木くんだけど、ずっとデザインへの情熱を彼なりに抱えてきたんだと思う。ぼくに会いに来たこともそのひとつ。「モモコ」からリンクされたサイトを見ると、デザインに寄せる彼の思いが伝わってくる。その日ぼくは冗談めかして彼に、腰を据えて桃づくりしたらと勧めてみた。半分冗談、半分本気。ぼくには逆立ちしたって桃づくりなどとてもできはしないだろうけど、「デザインしながら桃も作っています」より「必要あればきちんとデザインだってできる桃農園家」の方がはるかに未来的だと思う。鈴木くんの希望や可能性は、お父さんとの合作とも言える「モモコ」の中に、今も透けて見え隠れしている。

「koshika」エントランス・サインと事務所&ギャラリー内観。

2007.6.04

知合いのイラストレーター、フジハラ・ミカさんが新しい事務所を仲間とオープンさせたというので、小林和美さんと一緒に遊びに行ってきた。その昔、ぼくら3人は同じデザイン事務所で机を並べて仕事していた時期がある。ミカさんが独立してからも時折イラストをお願いしたりしながら、ぼくらとミカさんは、気がついたら20年近いお付合いをしてきたことになる。
猫好きのミカさんらしく「コシカ(koshika=ロシア語で雌猫)」と名付けられたその新しい事務所は、彼女と編集者の雨宮千春さん、そしてデザイナーの池戸英明さんの3人をコアメンバーとしたオープンスタイルのオフィスとして誕生した。彼らは古い家具に手を加えて再生したり、ブリキの壁面や板貼りの床を効果的に残しながらリノベーションして、昔の小学校みたいな懐かしさを漂わせる不思議な空間を甲府の中心街に作り上げた。「ここから何か面白いコトが始まったらいいネ」というささやかな願いが、自然体でちょっとノスタルジックな美意識に包まれて、そこからひっそりと発信されていた。
それにしてもミカさんは不思議な人だ。最初に会った時からその印象は少しも変わることがない。物静かで万事において控えめな女性である。しかし芯には寡黙な強靱さを秘めている。それは愛着するものを信じ続けることへの意志の強さなのだと思う。彼女が愛用しているロシアのカメラ「LOMO」で撮られた、ちょっとフォーカスの甘い写真作品を見るとそのことがよくわかる。「かもめ食堂」に行くと、壁寄りの隅の席にちょこんと座っていそうな人なのだ。フジハラ・ミカよりもフジハ・ラミカとかフジ・ハラミカみたいな、国籍不明だけど、どこか見覚えのある懐かしさを内包する美意識が独特なのであって、そこに多くの人が惹きつけられる秘密が隠されているような気がするのである。
面倒くさい話はミカさんには似合わない。時折、大好きな小動物の話なんか聞きながら、最近描いた作品をちらっと見せてもらえたらうれしいな。