2013.4.01

「春が来た」

春が来た 何処に来た

山を越え 谷越えて

おらちの里に おらちの山に

夢に見た 田舎に

いつまで経っても 夢の田舎

窓に向かって 口ずさむ歌 (※1)

ユピタイヤイオー 1年経てば

ユピタイヤイオー 2年目までは

ユピタイヤイオー 3年すれば

ユピタイヤイオー 4年目ごろは (※2)

(※1・※2 リフレイン)

ますます田舎は 遠くなる

遠くなる

(作詞作曲:細野晴臣)

この曲は有名な童謡(高野辰之作詞、岡野貞一作曲)とは同名異曲の『春が来た』。1971年に発表された小坂忠のソロ・アルバム「ありがとう」B面の一曲目に入っていたこの曲は、小坂忠が在籍していたエイプリル・フールのバンドメンバーだった細野晴臣の作品。(エイプリル・フールは「はっぴいえんど」の前身バンドと言われている)しかし『春が来た』は小坂のオリジナルソングでなかったせいか、残念ながらYouTubeで見つけることができなかった。

ところでこのデビューアルバムは、ジェイムズ・テイラーの影響を色濃く残している。1970年発表のアルバム『Sweet Baby James』(『Fire & Rain』)のヒットで脚光を浴びたナイーブな彼の音楽は、小坂忠、細野晴臣、加藤和彦など、当時の日本ミュージシャンにも多大な影響を与えたといわれている。ギター1本携えて人間の悲哀を描き出す静かな歌声は、ヒッピームーブメントの熱狂と挫折に疲れた若者達の心に深く染みこんだ。いち早く小坂忠や細野晴臣らは、このジェイムズのフィーリングを楽曲に取り込んだ。そして発表されたのが、この「ありがとう」だった。プロデューサーは日本ロカビリー御三家の一人、ミッキー・カーチス(MickeyCurtis)。今聴き直すとけっこう軽い印象だが、当時としては先進的サウンドだった。それを象徴していたのがジャケットデザイン。担当したのはデザイン集団「WORK’SHOP MU」。2つ折りジャケットの4面すべてに矢吹申彦によるイラストが展開されている。ポール・デイビスアンリ・ルソーばりの牧歌的でちょっとシュールなタッチで描き出された架空の情景には当時の空気感がよく表れている。

サウンドは大瀧詠一を除く「はっぴいえんど」の面々や石川鷹彦(バンジョー)、大野克夫(スティールギター)といった芸達者なスタジオミュージシャンたち。そしてデビュー前の荒井由美もピアノで参加していた。このアルバムにはエッジのきいた時代意識に古き良き時代へのノスタルジーがブレンドされていた。このミスマッチがかっこいいでしょうと問いかける都会育ちの彼らにとって、「おらちの里」は憧れの日本の原風景だったようだ。「ありがとう」の代表曲「機関車」を再演している動画を見ていたら、70年代のそんな彼らの原風景が甦ってきた。

ところで山国ネイティブのぼくは、「おらちの里」に『春が来た』をずっとリアルに体感している。山国の春の訪れはとても分かりやすい。冬の眠りから覚めた生き物たちは、春分の頃を境にざわざわとうごめきはじめ、日増しにその生命力の波動は大きくなってくる。そしてやがて波動は五感の隅々にまで染みわたってきて、おらちの里に春が来たんだぞと知らせてくれる。萌黄色とピンク色した躍動感がむんむんと乱舞する春はエロティックですらある。名前通り4月生まれのぼくにとって、子ども時分からずっと春は自分の季節だと思っていた。

ところが今や国民病となってしまった花粉症によって、ぼくの春は20数年前から憂鬱な季節になってしまった。日本で花粉症が初めて発見されたのは1961年、アメリカからの外来種ブタクサの花粉だったそうだ。有名なスギ花粉症は2年後の1963年に日光で初めて報告されている。以後年々その患者数は増え続け、現在10人に1人は花粉症に苦しんでいるという。山々に囲まれたぼくの居住地域は花粉の宝庫のみたいなところなので、ピーク時には1立方センチメートルあたりおよそ4,000個以上の花粉が飛散しているなんて話を聞くと、気持ちのよい季節のはずなのに外に出るのも恐ろしくなってくる。こうしてスギとヒノキの飛散時期は重なりながら2〜5月頃まで続く。この時期は気流に乗って中国大陸から黄砂も飛来し、最近では微小粒子状物質(PM2.5)と呼ばれる有害粒子までやってくる、ホントにやれやれな「おらちの里の春」となってしまったものだ。

気の滅入る話題が続くが、ぼくの場合、アレルギー反応は花粉だけでなく季節の変わり目などにも頻繁におこるので、ほとんど1年中何らかのアレルギーに悩まされている。以前病院でアレルゲン検査をしてもらったら、もっとも大きな反応を示していたのがカビやダニ、細菌などが混ざった室内塵(ハウスダスト)。次に反応が顕著だったのがさまざまな植物の花粉類だった。憂鬱な春には二種類の症状のどちらかが出る。クシャミや鼻水、鼻づまり、目の痒みといった典型的な花粉症の症状が出る場合と、湿疹、じんましんのような痒みを伴う皮膚症状として現れる場合がある。しかしこの二つが同時に発症することはない。おそらく「ぜんそく」と「アトピー」の関係のように、同じアレルギー症状でも年齢や時期などによって症状がどちらかに移行するケースに近いのではないかと推測している。

皮膚症状は皮膚科で処方してくれる、湿疹や皮膚の痒みを改善する薬を定期的に服用してコントロールしている。症状に応じて量は調整してよいと言われているので、副作用のない腸内細菌ビヒダス菌をカプセルにしたBB536と併用しながら、1日2錠服用する処方を2日に1錠のペースにまで抑えるようにしていた。それでも出てしまう湿疹にはステロイドを含む副腎皮質ホルモン剤の軟膏を塗って抑える。軟膏も、顔や首や身体と部位によって含有度合いの異なるものを数種使い分けるのでけっこう面倒くさい。

花粉は時期が限定されるし、マスクや空気清浄機などで対策も比較的とりやすいが、ハウスダストはなかなか難題だ。アレルギーの元凶の多くが140種類にもおよぶチリダニ(House dust mite)の仲間だと分かっていても有効な手立てはなかなか見つからなかった。「世界中でまずダニのいない家はない」と言われるほどポピュラーな存在のダニを洗濯や布団の天日干しなどで殺すことはほとんど無理なのだという。加えて、死がいやフンまでアレルギーの原因となるので、これはもうお手上げである。そんなこんなで「なるようになれ」とずっとあきらめていたが、最近ネットで「RAYCOP」という商品を見つけた。

ダニが好む繁殖スポットは「寝具」「ソファー」「カーペット」。なかでも布団、ベッド、枕にもっとも集中し、人は10万〜数百万匹ものダニと一緒に寝ているといわれると、アレルギーのない人は気にする必要ないけど、あまり気持ちのいいものではない。「RAYCOP」は「増やさない」「殺す」「取り除く」の3つのケアを目的に、韓国人医師が開発した紫外線照射と吸引を組み合わせるという技術でハウスダスト除去に特化した衛生家電。世界各国での販売実績や英国アレルギー協会から世界初の認定を受けたふとん専用ダニクリーナーだというので、どうせやるならと一番強力なモデルを先日購入した。到着した日からさっそく使ってみる。吸引したものが目で確認できるから、これはけっこうクセになる。繰り返すことで効果が増すというので、連日一週間ほどまめにケアしたらなんと湿疹がピタリと止まったではないか。2年も飲み続けていた薬は到着後は1錠も服用することなく、アレルゲンの減少を体感している。いやいや、何事もやってみるものだ。

しかし、薬も衛生家電も所詮は対症療法や原因療法。むしろ事の本質は過剰な免疫反応をおこしてしまう体質にこそある。免疫反応は異物を排除する生物には不可欠な生理機能といわれるが、不必要に過剰に反応する体質はやはり自然な状態とは言い難い。アレルギーに振り回され続けていると、対症療法の西洋医学より漢方薬による体質改善などを考えた方がよいと勧められたりもする。行きつけの皮膚科医師に言わせると、なぜアレルギーをおこしてしまうかなんて本当はまだよく分かっていないんだそうだ。体質にもよるが、ぼくのような症状は加齢によって引き起こされる要素が強いという。人間は酸素なしには生きていくことはできない。しかし、活性酸素が過剰に生成されると体内にさまざまな酸化ストレスを発生させてしまう。簡単に言えば、人間も歳を取ると次第にカラダが錆びついてくるということらしい。それがアレルギー症状として現れる。生きるということは、同時にすでに死につつあるということでもあるわけだけど、考えようによってはこうした過剰な免疫反応だって生きているからこそのメカニズム。「おーい、まだお前は生きてるんだぞ」と、アレルギー症状はくどいほど何度も伝えにやってくるのである。