Album View (From leaning to the left)
A Salty dog : Procol Harum
Journey's End : Matthew Fisher
Il Ferroviere : Pietro Germi
Valley Hi : Ian Matthews
Laid Back : Gregg Allman
Valentine : Roy Harper
Be True to You : Eric Andersen
Good Old Boys : Randy Newman

2012.7.01

村上春樹のエッセイ集『村上ラヂオ2・おおきなかぶ、むずかしいアボガド』に『自由で孤独で、実用的ではない』という一編がある。そこで彼は好きなオープンカーに乗って髪を風になびかせると、(たとえそれが束の間の幻想にすぎないとしても)「自由になる」快感を味わうことができると書いている。ただ、オープンカーは髪は乱れるし、日焼けはするし、回りから注目され、冬は寒くて夏は暑い。だから助手席はいつも無人なので彼にとっては案外孤独な乗り物なんだそうだ。「作家の愛車データベース」によれば、村上春樹は15年くらいの間に「フォルクスワーゲン・コラード」、「マツダ・ユーノスロードスター」、「ランチア・デルタGT1.6L DOHC」の三台を乗り継いできたらしい。実はぼくもずいぶん昔から、オープンカーには内心憧れていて、キャップ姿の爺さんが乗ってるの見たりすると、若造ならムカっとするけどあのくらいになれば許されるのかな、なんて考えたりもする。心が動かされるモデルもいろいろあるけど、むき出しの露出感にちょっと耐えられる自信もないから、いつもそっと夢想するだけだ。

ところで今回のテーマはオープンカーのことじゃなくて、やっぱり音楽のこと。この一編には村上春樹が愛車に乗ってよく聴き、しばしば一緒に声を上げて歌う曲についての記述があるのだが、それはエリック・バードン&アニマルズの『スカイ・パイロット』という曲で「本当にいいんだ、これが」と絶賛していた。アニマルズはぼくも好きなバンドなのに『スカイ・パイロット』は覚えてなかった。さっそくYouTubeで視聴してみると、これが全然よろしくない。たとえオープンカーに乗りながら聴いたつもりになったとしても、あまりその素晴らしさが共感できる曲ではなかった。別にそのことで村上春樹を責めるつもりなどまったくない。ぼくが言いたいのは、印象に残っている曲なんて、たいがいが個人的な理由によるものだということ。ある人にとって特別な意味をもっていても、他人には何の意味ももたないということが往々にしてある。だからといって、その曲の素晴らしさが損なわれるわけではなく、音楽に折り重なるように個人的記憶が定着されるのだから、曲の印象が一様でないのは必然でもあるからだ。たぶんぼくがいまだ出会っていないステキな曲は数えきれぬほどあることだろう。しかし、たまたま出会って自分だけの記憶の箱に収められた曲には言いようのない愛おしさを感じてしまう。

「あなたの人生で大切な曲を10曲選んでください」という対談TV番組『ミュージック・ポートレイト』にある日、山本耀司高橋幸宏が出演していた。ほぼ同世代なのでけっこう嗜好が似通っているのか、高橋選曲にはぼくが昔よく聴いていたものがいくつも入っていた。(例えばランディ・ニューマン(Randy Newman)の『I’ll Be Home』や、ビートルズ(Beatles)の『This Boy』などが…)

番組の終盤に出たのは「人生の幕を下ろすとき聴きたい最後の1曲」というベタな御題。そんなときに音楽なんか聴きたいとは思わないだろうが(ぼくもそう思う。やはり静かに逝きたいものだ)あえて挙げるならプロコル・ハルム(Procol Harum )の『Pilgrim’s Progress(旅人の道)』がいいと言う。この曲を初めて聴いたとき実はぼくも、ぐっときた。プロコル・ハルムといえば何と言っても『青い影』が有名だけど、高橋幸宏が選んだこの曲もとてもいい曲だった。人生の航海図を書き上げようとする、達観した心情がじわじわと伝わってくる。プロコル・ハルムはデビュー当時からいわゆるプロ好みと言われたバンドで、いまだにムッシュかまやつがTVで感慨深く回想したりしているが、実はこの60年代に活躍したイギリスのバンドの音楽を特徴づけていたのがマシュー・フィッシャー(Matthew Fisher)の奏でるオルガンの音色だった。寡黙でナイーブな彼の指先から流れる、もの悲しさを湛えた夕陽のような音色はプロコル・ハルムそのものだった。バンド脱退後に発表したソロアルバム『Journey’s End』をぼくは繰り返し聴いていたものだった。ということで、ぼくも人生で大切な曲を選んでみようと、ふと思い立った。別に番組に倣って10曲にすることもないから、思いつくままに挙げてみたい。クラシックや民族音楽や日本の音楽にも忘れがたい曲がたくさんあったが、とりあえずロック、ポップの洋楽編ということでピックアップしてみた。村上春樹同様、こんなの全然共感できないよ~と言われそうだけど。

ぼくが音楽というものを初めて意識したのは、子どもの頃に母と連れ立って観た、映画のサウンドトラックからだったと思う。音楽との最初の出会いは、1956年のイタリア映画ピエトロ・ジェルミ(Pietro Germi)監督・主演の『鉄道員(II Ferroviere)』のバックに流れていた曲だった。イタリアも日本と同じく第二次世界大戦の敗戦国で、同じ復興期を歩む両国には心情的に通い合うものがあったのだろうか、映画や音楽でも『禁じられた遊び』のように波長の合うものがたくさんあったと思う。

さて、2曲目は『These Days(青春の日々)』。この曲はウエストコーストサウンドを代表するミュージシャン、ジャクソン・ブラウン(Jackson Browne)の曲で、彼のオリジナルはもちろん素晴らしいが、多くのミュージシャンがカバーしてきた有名な曲だ。サザンロックの雄、オールマン・ブラザーズ・バンド(The Allman Brothers Band)の弟であるグレッグ・オールマン(Gregg Allman, Greg Allman)のレイドバックした『These Days』も忘れがたい。しかし、ぼくがこの曲を初めて聴いたのはイギリスのフォークロックバンド、フェアポート・コンヴェンション(Fairport Convention、1967年 – 1979年、1985年 – )のメンバーだったイアン・マシューズ(Ian Matthews)が73年に発売したアルバムだった。彼はこの曲をちょっとカントリーっぽい味付けで、爽やかに唄いあげている。マシューズの憂いを含む甘い歌声は、青春時代特有の内省的心情を湛えたこの曲にピッタリはまってた。それに西洋の肖像画のようなアンバーな色調のジャケットもステキだった。「小林さん、これいいよ」とこのアルバムを薦めてくれたのは、レコードショップに勤めていたぼくのリスナー水先案内人、今は亡き新海さんだった。それまでシャルル・アズナブールとかのシャンソンばかり聴いていたぼくが、フォークやフォークロック、そしてロックに夢中になるきっかけを作ってくれた、自分史的には忘れることのできない1曲だ。

続く3曲目もイギリスのアンダーグラウンドフォークの重鎮、ロイ・ハーパー(Roy Harper)の曲『I’ll see you again(又、出逢うときまで)』。かなりのロック好きでも、ロイ・ハーパーを記憶してる人はそう多くはないだろう。レッド・ツェッペリンのジミー・ペイジやセックス・ピストルズのジョニー・ロットンにも影響を与えたといわれるカリスマ的ミュージシャンの74年に発表された初期アルバム『Valentine』の挿入歌だ。なぜか分からないけど、ぼくはこの曲を聴くたびに胸が締めつけられるような気持ちになってしまう。

君を空しく淋しい夢と一緒に残してきた僕

それがどんな気持ちか、僕にはよく判る

君とずっと一緒だったものね

君はあまりにも淋しげだった

いつも、じっとどこか一点を見つめてたっけ

ひょっとしたら、又、会う日が来るかもしれない

僕はなぜ、君を置き去りにしたのかって 今、考えてるところさ

君と一緒にはどうしても暮らせなかった

だから逃げたんだ、それしか道はなかったんだ

(対訳:山本安見・一部抜粋)

人生は思うようにならないことばかり。「でもいつか、もしかしたら」と、残されたわずかな希望を人間はけっして捨て去ることができない。ブリティッシュフォークの系譜はフェアポート・コンヴェンションをはじめ、このブログの初期にも登場したヴァシティ・ブニヤン(Vashti Bunyan)やドノバン(Donovan)、そしてレッド・ツェッペリンからU2にまで連なっている。その根はアイルランドやスコットランドの大地に深く根ざし、彼の地に伝わる民謡の滋養がたっぷりと吸い上げられている。(デビュー前のビートルズがバックバンドをつとめていたトニー・シェリダン(Tony Sheridan)のヒット曲『マイ・ボニー(My Bonnie)』も、現代風にアレンジされたスコットランド民謡だった)

次第にぼくの音楽への興味は、大西洋を渡りアメリカ大陸へと移っていく。アメリカで生まれたカントリーソングの原型は、16世紀頃からアイルランドで流行したリールやジグなどのダンス曲であると言われているが、このアイルランドをルーツとするケネディ家に象徴されるように、ヨーロッパ的なるものは多国籍民族の大陸で世界中の音楽とともにシャッフルされながら、多彩な変貌を遂げていった。そうしてジャズやブルースはこの国をホームグラウンドとして花開き、フォークやロックも70~80年代には米英ともに百花繚乱の感があった。この時期、ぼくがもっとも熱心に音楽を聴いていたのは、音楽というジャンルが時代の先端部に押しだされているように感じられていたからだ。

ヒッピーブームも一段落したその頃、ぼくはジェームス・テイラー(James Taylor )やジャクソン・ブラウンなどのウェストコースト・サウンド (West Coast sound)に夢中になっていたがそのうち、大きなヒット曲もなく、さほど脚光を浴びることはないが、いぶし銀のような魅力を秘めたミュージシャンが何人もいることに気づき、宝探しするような気持ちでいろんなアルバムを幅広く収集するようになっていった。エリック・アンダースン(Eric Andersen)もそんな中から見つけたシンガーソングライターの一人だった。ということで4曲目に選んだのは、彼が75年に発表したアルバム「Be True to You」の挿入歌『Moonchild River Song』。放浪、誠実、愚直、穏やかさ、透明感と、その音楽の形容はさまざまだが、やはり百聞は一聴にしかずである。寡黙な男のリバーソングに、しばし耳を傾けてほしい。

アメリカ音楽といえばハリウッド的なエンターテイメントを前面に押し出したものがもてはやされている印象が強いが、実は驚くほどその懐は深い。大陸に潜むいぶし銀の水脈を辿っていくと、そこにはもうひとつの素晴らしいアメリカ音楽の世界が広がっている。

わけてもランディ・ニューマンの音楽は、アメリカの良心そのものと言ってもよいのではないだろうか。彼の紡ぎ出すニヒルで時に残酷な物語は、人間という実に矛盾に満ちた、か弱い生き物へと注がれる温かい眼差しによって支えられている。忘れられない彼の曲はたくさんある。迷ったあげく、今回の最後の一曲に選んだのは、最高傑作だと勝手にぼくが思っているアルバム『Good Old Boys』に収まる『バーギングハム(Birmingham)』だ。

フツーに生きることは、ホントは少しもフツーのことなんかじゃなくて、なかなかに難しい。大半は思いもかけない出来事に巻き込まれて、結局翻弄されまくりの人生になったりもする。つまり、フツーの人生とは願望の別称なのだ。

なつかしのバーミングハム

妻があり、家族があり、この手で稼いで暮らしてる

僕はバーミングハムの下町の、製鉄工場のローラー運転手

親父さんは床屋だった

二目と見られぬぶ男で、タスカルーサの生まれだったが

死んだのはこのバーミングハムだった

バーミングハム、バーミングハム アラバマ1の立派な都会

この土地を全部旅して廻ったって バーミングハムみたいな所はありゃしない

妻の名はメアリー みんなは彼女をマリーと呼ぶが

僕らは三部屋ある家に住み 庭には胡椒の木も植えてある

僕は一日中工場で働くが それは辛くもなんともない

黒い大きな犬も飼っている 名前はダンといって

バーミングハムの僕の家の裏庭に住んでいる そいつはアラバマ1の駄犬 とってこい、ダン

バーミングハム、バーミングハム アラバマ1の立派な都会

この土地を全部旅して廻ったって

バーミングハムみたいな所はありゃしない

(対訳:高橋明子)