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Retro Americana 3

2011.2.02

障害(Impairment)は「障碍」「障礙」とも書き、「ものごとの達成や進行のさまたげとなること」と解説される。また、仏教用語の「障礙」(しょうげ)は「悟りの妨げになるもの」を指している。いずれにしても、常道からはずれてしまい、社会生活に支障をきたす人格や状態のことを障害と呼ぶらしい。近視や老眼といった視覚障害には眼鏡、聴覚障害には補聴器が用いられるが、精神的な障害は何をよすがとしたらよいのだろう。心と体のバランスは本当に複雑で難しい。時には心が身体より先走ってしまったり、逆に立ち止まってしまったりもする。このバランスを一定に保つことが重要なポイントであることは間違いないが、解明されていないことの方が圧倒的に多い。
人間のストレス反応は、一定に保たれているバランスを崩れた状態から回復させようとする際に生じる反応のことだ。Wikipediaによれば、ストレスは適度な量だけ存在しなければ本来的に有する適応性が失われてしまう。つまり、人間には適切なストレスも必要であると指摘している。
近代の個人主義は高度な知性と自己統制を必要とする。そして、競争原理があらかじめ組み込まれている資本主義。これらどちらも心の栄養素となってはくれないことが明白となったいま、まったく障害なんて無縁だと言い切れる人間が果たしているのだろうか。さまたげとなるモノやコトは世の中に無数に溢れている。いや、本来人間とは大小様々な夥しい障害を背負った生き物であるという言葉もある。事実、午後のファミレスや長距離電車の車中などで喧しく聞こえてくるご婦人方の会話などには、気が狂っているとしか思えないことも少なくない。(失礼!)人の話などほとんど聞いていないし、一方的に噴き出してくるハイテンションな感情表現はなかなか理解し難い。しかし当人たちは常道のど真ん中を歩んでいると認識している節もあるものだから、つくづく人間というものは不可解な生き物だと思う。
注意欠陥や多動性障害の総称として「ADHD」という言葉がある。エジソンやレオナルド・ダ・ヴィンチ、アインシュタイン、トム・クルーズ、パリス・ヒルトン、マイケル・ジョーダン、マイケル・フェルプス、そしてビル・クリントンなどがADHDの有名人として知られるが、平均的な人間よりも、高い能力が目立つケースも珍しくない。しかしそれが何だという人もいる。さまざまな障害に苦しむ人にとっては、そんな事例は自分にとって何の慰めにもならないと。
村上春樹、河合隼雄に会いにいく」という、人気作家と人気心理学者の対談集がある。実はこの取材を通じて、村上春樹はカウンセリングを受けていたのではないかとぼくは密かに考えている。なぜなら彼の描く世界は一貫して精神の闇の領域が主題のひとつとなっていたし、この主題を際だたせるリアリティは実体験に基づいていなければ表現しきれないだろうとずっと感じていた。
このように、ぼくが障害について長々と書くのにはそれなりの理由がある。実はぼくも障害としかいいようのない悩みを複数抱えてきたからである。自分に社会性が欠如していることは幼児期から薄々感じていたが、長じて、発言と本意とのギャップが人づきあいの中で顕わになるたびに落ち込んでしまうことが度々あった。どうしてあんな言い方をしてしまったのか…、なぜ肝心なあのことを伝えられなかったのか…、集団に身を置いたあとにはきまって反省ばかりがよみがえってくる。もちろんその時にはジョークのひとつも言って場を盛り上げようとか、決して悪気があるわけではないのだが、タイムマシンがあったら、あの時のあの人に一人づつ会ってお詫びがしたい、そんな気持ちになってしまうのである。このぼくの抱える障害は、ADHDの下位分類されている、ADD(不注意優勢型)に近いものなのかもしれない。やがて集団の中に身を置くことを避けるようになってくる。必然的に社交性は後退し引きこもりがちになっていく。だからといって寂しくなったり孤独感にさいなまれることも特にないのだから、深く思い悩むこともない種類の障害なのかもしれない。
もうひとつはパニック障害。強い不安感が伴う不安神経症と呼ばれていた疾患の一部だが、ぼくの場合は時や場所を選ばず突然起きるということは少なかった。ある条件下で生じることが多かったので、自分なりの対処法も考えて過ごすようになってきたため、40歳以降は安定してきた。
まず身動きがとれないような密集状態や狭く閉じた空間が発症条件となる。いわゆる閉所恐怖症に近い。そしてこれに拘束恐怖が付加される。長時間同じ場所に強制的にとどまることを要求されることに対する恐怖とでも言えばよいのだろうか。混み合っていなくても密閉された状態が苦手なのだ。具体的には特急列車や新幹線、長距離を移動する飛行機などがその代表例となる。(混雑するほどに条件が加算される)もちろん理性的かつ論理的に考えれば何でもないことなのに、時に心と身体が分離してしまう。通常の感覚からすればそんな心理や症状はまったく理解しがたいことだろうが、理性を押しのけ理屈でない拒否反応が身体的に出てしまう状況ばかりはどうすることもできない。
トラウマとなっているひとつの記憶がある。小学生の低学年のあるとき、ぼくは兄と二人で親戚の家に遊びにいくために電車に乗った。列車は相当混み合っていて、小さなぼくは見上げる大人たちに四方を囲まれ、黒い壁に押しつぶされるような圧迫を受けながら必死でもがいた。さらにアクシデントもあった。その直前に、当日のために身につけた(小学生には分不相応なアイテムである)腕時計を押し込まれる最中にホームと電車の間に落としてしまっていたのだ。このふたつの記憶は折り重なって心の深部に刻まれてしまった。
ところで「八つ墓村」で知られる推理小説家、横溝正史(よこみぞ せいし)も大の電車嫌いだったそうだ。肺結核で長野での療養を余儀なくされた横溝は、上京しなければならないときなどには酒の入った水筒を首からかけ、度々途中下車しながら電車を乗り継ぎ、たいへんな思いをしながら東京に向かったそうだ。妻とともに乗るときには、横溝は妻の手をずっと握っていたという。こんな話を発見すると、どこかほっとしてしまう自分がいる。
以前、デザイナーの国際会議がお隣りの韓国で開催された際、一度なんとかクリアしたことがあったが、海外に行けないことはデザイナーとしてはやはりハンデキャップといえるだろう。その後仕事柄、渡航を誘われることも少なくない。自分なりに悩んだ時期もある。しかし仮に強行すれば、たぶん半月ほど前からそのことで頭がいっぱいになり、悶々としながら仕事どころではなくなるだろう。当日のことなど、もう考えたくもない。そんな思いをしてまで出かけていく必要があるのか?と自問してしまう。
ある時、デザイナーの佐藤晃一さんと話をしていてカミングアウトしたことがある。「へぇー、すでにあなたは何度も渡欧してるはずだと思っていたのに」と少しだけ憐憫の表情もにじませながら驚いていた。しかしほどなくこんな言葉を添えてくれた。お酒の飲めない人に無理強いしても、決して美味しいお酒にはならない。無理せず見聞を広げる方法は世の中にはいくらでもあるのだと。(ちなみにぼくはお酒もまったく飲めない。やれやれ。)
哲学者のパスカルは「旅の快楽」に批判的だった。心をリフレッシュするために別の場所にでかけていかなければ楽しめない心などは、まだ充分に成熟しているとはいえないと断言している。外の空間に出かけていくのでなく、精神の内部の空間で、ひとつの全体性を楽しむように別の種類の旅ができるようになったとき、その人の精神は深い成熟に近づいたと言えるのだよ、と親友である中沢新一さんはこんなぼくを慰めてくれる。しかし、自分が自由から限定付けられているという寂寥感はやはり払拭することができない。
どうやら、ぼくが自覚する障害は精神障害と区別される人格障害という分類に入りそうだ。人格には遺伝的な「気質」と後天的な「性格」が含まれる。その人格が常道からはずれてしまい、社会生活に支障を来すようになると人格障害と規定される。もちろん一般的な人格とも連続性があるので、常道と非常道の間にはなだらかなグレーゾーンが存在する。ぼくの人格障害はまだ社会生活に支障を来すほどでもないので、人格障害性の傾向のある人格ということになるのかもしれない。専門家ではないのだからいくら分析してもあまり意味はないかもしれないけれど、心と身体のバランスをとるために自身の状態を俯瞰しておくことにはそれなりの意味があると考えている。そして、もし社会生活に支障が出るような状態になってしまったら、専門医によるカウンセリングや条件反射を応用した認知行動療法、そして薬物療法を試してたっていい、と気持ちの中に幾重にもセーフティネットを張っておくことも大切だ。明けない夜は決してないのだから。
以前、あるパーティーで、故・河合隼雄氏のご子息で臨床心理学者の河合俊雄さんとお話する機会があった。雑談に終始したが、河合さんは名だたる心理療法の第一人者。なぜその時に自分の永年の悩みを聞いてもらわなかったのか。悔やんでみても後の祭りである。嗚呼!やはりぼくはADDだった。押しては返す波のように、後悔は尽きることがない。深沢七郎ではないけれど、「言わなければよかったのに日記」と「言えばよかったのに日記」を交互に飽きもせずに依然としてぼくは書き続けている。