Snap Shot of Kunpu Tour
at Shosenkyo, Yamanashi
1991.6.17

2009.2.02

訃報の続く冬になった。昨年の12月、「フォト・モンタージュ」など鋭い風刺作品で知られる木村恒久さん、明けて1月11日には福田繁雄さんが急逝。ほどなく掲載された朝日新聞の追悼記事には、お二人が並んで紹介されていた。ともに戦後日本のグラフィックデザインを切り拓き、批評精神には通じるところも多いが、その持ち味はだいぶ異なる。福田さんはだまし絵(トリックアート)の手法を駆使して、グラフィックはもとより、立体やレリーフにと幅広い創作を続けてきたが、真骨頂は何といってもポスターだろう。名作「VICTORY」は福田さんの創作姿勢を象徴している作品だ。インタビューで福田さんは「ポスターは花火だと思っている」と答えている。通りすがりに見れば誰でもわかる、それがポスターであると。だから福田さんのつくりあげるポスターはどれも鋭い伝達力で強く見るものに訴えかけてくる。
生前、数回お目にかかったことがある。大人の服を着ているが、その胸元からはいたずらっ子のような茶目っ気が見え隠れしていて、気づくといつも人の輪の中心に立っている、そんな人柄が作風とピッタリ重なりあっていた。子どもが得意とする「不思議を面白がる精神」を曇らせることなく生涯持ち続けていた、ダイナモのようなデザイナーだった。
それに筋金入りのアナログ派だったこともほほ笑ましい。PCはもちろん、メールも駄目。JAGDAの会長職についてからは海外から連絡が入る機会も増えたようだが、メールが送れずみんな困っていると聞いたことがある。制作する時に活躍するのは唯一のデジタル機器であるモノクロコピー機。もちろん表現には、デジタルもアナログもなく、あるのはただ表現力だけなのだが、こんな話を聞いてほっとするのはなぜだろう。
いくらデジタルが進歩しても、究極のデジタル能力をもつのは実は人間なのだから、マシンはどこまでいっても人間にはかなわないという人もいる。しかし、イージーミスを犯すのはいつもきまって人間の方であることも事実。このミスを犯すという「能力」。実は創造力の養分となっているのではないだろうか。思い違い、見間違い、見当違いに勘違い、みんなそれぞれにりっぱな養分たちである。福田さんはこうした「ミスを犯す能力」を鋭く磨き上げ、マシンには絶対に作ることのかなわない、人間くさい強い表現を積み上げてきたのだと思う。
ぼくは以前、友人のジュエリーデザイナー2名に紙で作れるジュエリーをデザインしてもらい、誰でも組み立てられるような展開図を付けた「Paper Jewelry Book」(Next Works:2に集録)を作ったことがある。これを見た福田さんが早速、ぼくに葉書をくださった。「ペーパーでジュエリー?これってありえねぇーの面白さがそこにある」というその反応ぶりがとても明快で、この方はほんとうに自分の周波数にシンクロしたものには即座に反応してしまうのだと驚いたことがある。
上2枚のスナップは、以前、佐藤晃一さんが毎日デザイン賞を受賞したお祝いにと、デザイナー有志によって企画された記念ツアーでの一コマ。佐藤さんが小学生時代を過ごしたこの甲府で祝福しようと、はとバスに乗って東京から大勢の友人デザイナーたちがやってきた。題して、初夏の季語を冠した「薫風ツァー」。(命名は安西水丸さん)スナップは祝賀会翌日に向かった昇仙峡での散策風景。渓谷沿いの道に岩穴を見つけると即座に持ち上げてしまい(横で一緒持ち上げているのはイラストレーターの矢吹申彦さん)、「立ち小便禁止」の立て看板を見つけると「立」を隠して「血(?)小便禁止」にしてしまったり(手前で一緒にカメラを向けているのは浅葉克己さん)、この2枚には福田さんらしさがリアルに焼き付けられている。この人の日常はすべてトリックアートで塗りつぶされているのではないのだろうか。そんな凄みさえ感じさせるものがある。
福田さんは大きな仕事を成し遂げたデザイナーとしてだけでなく、寒々しく老け込まないためのとても大切なヒントをたくさんぼくに残してくれた。きっと今ごろは、三途の河原をあちこち寄り道しながら、トリックアートのネタ探しに夢中になっているに違いない。