Mike Posner
Passenger[Michael David Rosenberg]
Kaleo
Sigur Rós
Of Monsters and Men
Björk
Calavera : Dia de los Muertos
C.W.Stoneking
Sweet Jazz Trio

2019.5.01

今日から日本は新時代の「令和」が始まり、花粉乱舞する春から、いよいよ本格的に生命が躍動をはじめる初夏を迎えた。自動車に例えるなら、スピードも徐々に乗ってきて、安定走行に入ったというところだろうか。そんな日々に彩りを添えるのはやっぱりMusic。そこで今回は、ここ半年ほどマイブームとなっている音楽のお話。

何事にも切っ掛けというものがある。発端は自室で観るテレビの買い換えだった。カタチから入る性癖のあるぼくが目をつけたのは、これ以上ミニマルにならないというくらいシェイプされたフォルムをもつSONY BRAVIA OLED A1シリーズだった。訪れた家電店で偶然見かけた4K有機ELディスプレイに再現される映像の美しさに「今のテレビってここまで進化したのか」とぼくは思わず息をのみ、有機EL特有の漆黒によって引き締められた映像の美しさに感動してしまった。ロゴさえ見つけることが難しいほどそぎ落とされたスリムなフレームの中に、その鮮明な映像だけが浮かんで見えるシンプルさも潔い。なんでもサウンドは「Acoustic Surface」という画面自体を背後から振動させる画期的な構造がもたらす自然な再生音がセールスポイントのひとつとなっていたのだが、普段ぼくはイヤホンで視聴しているので、この映像と一体化されたサラウンドの臨場感は残念ながらまだ未体験のまま。ともあれ、こうして一番小さいタイプ(とはいっても55v型だが)のBRAVIA A1が自室にセッティングされることになった。

まず、店頭で体験したあの感動を再現しようと、公開されている美しい4Kデモ映像をいくつもネットからダウンロードする。そんな中に『Italy by Drone(4K)』という動画があったのだ。空からイタリアのベニス、リド、ブラーノ、ムラノ、ヴィチェンツァやベロナを俯瞰するドローン映像で、地中海特有のまぶしい陽光降り注ぐ運河や、おもちゃ箱をひっくり返したようなカラフルな壁の町並みを舐めるように写し出している。そこにBGMとして流れてきたのがMike Posner(マイク・ポズナー)”I Took A Pill In Ibiza“だった。Posnerは31歳になるアメリカのシンガーソングライター。2010年にソングライターとしての才能を開花させ、ジャスティン・ビーバーに曲を提供するなどミュージシャンとしての成功をおさめたが、その後は厳しい現実の壁に突き当たって低迷する日々を送っていた。そこである日、彼は様々なしがらみを捨ててユタ州に向かう。そして、山奥にこもって、バンの車内で質素な生活を送る日々を選んだ。その体験の中で、それまでの過去の成功がもたらした虚しさを曲に描きだし、生まれたのが”I took a pill in Ibiza”だった。皮肉なことに当初は悲しげなこのアコースティックなフォークソングはパッとしなかったが、ノルウェーのデュオSeeBがEDMリミックスとしてカバーした途端、ヨーロッパでブレイク。ビルボード・ホット100でも5位まで登りつめるヒット曲となり、Posnerは再び脚光を浴びることとなった。その後、この曲は2017年グラミー賞『年間最優秀楽曲』にもノミネートされることになりPosnerは復活を果たす。中性的な歌声で、過去の栄光を皮肉り、「ぼくが知っているのは悲しい歌だけなんだ」と4Kのドローン映像とはミスマッチなフレーズを繰り返す。ぼくが惹かれたのは、その独特なハスキーで高音のボーカルだった。さっそくYouTubeで、彼の楽曲を検索試聴してコンピアルバムを作り、そのハイトーンボイスを楽しんでいた。なかでもぼくが好きなのはナイーブでキュートな”One Hell Of A Song“。Remix版の軽快さもなかなかステキだ。

そんな検索サーフィン中にぼくはPosnerとよく似た歌声のミュージシャンを発見する。楽曲はどれもなかなか良い。いや、すごくいい!ということで次に夢中になったのはPassenger(パッセンジャー)。このミュージシャンの本名はMichael David Rosenberg(マイケル・デヴィッド・ローゼンバーグ)といって、35歳になるイングランド出身のフォークロック・シンガーソングライター。Passengerは彼がメインボーカルおよび作曲担当していたバンドの名称だったが、2009年のバンド解散後、ソロ活動するようになってもそのまま彼はバンド名を使い続けることにした。ぼく的にはDavid Rosenbergの方がしっくりくるし恰好いいと思うんだけど…。Passengerはイングランド人の母親とユダヤ系アメリカ人の父親との間に生を受け、現在もイングランドのブライトンに在住している。16歳で学校をやめ、ストリートミュージシャンとしての生活を経て晴れてプロとなる。多くの国でヒットチャート第1位にランクインした”Let Her Go“は彼のベストシングルでつとに有名だが、ぼくは最初に聴いた”Runaway“が印象深い。ちなみにメイキングを観ていたら、このOfficial Video映像の撮影をしているカメラマンは東洋人(もしかしたら日本人?)だった。

Passengerの音楽はPosnerと較べると、ブリティッシュフォークの流れを汲むような湿り気を帯びた哀愁を漂わせている。そして、何と言っても殉教者のようなひげ面から紡ぎ出される独特な歌声が魅力的。海辺で女性コンテンポラリーダンサーが舞う”To Be Free“の映像を観ていると、つくづく彼はイングランド人なんだなと感じる。背景を彩るのはイタリアやアメリカ西海岸のようなスカッとした青空ではなくて、灰色を帯びたグレイッシュな空だ。紹介したい曲がたくさんありすぎて困ってしまう。のびやかなブリティッシュフォーク”Why Can’t I Change“。叙情的な名曲”When We Were Young“や、心温まるロマンティックな”Beautiful Birds“もある。また、Passengerは何曲もカバーを演奏しているが、ぼくが特に好きなのはBob Dylanのカバー”Girl From The North Country“。そしてぼくのPassenger Best 1は”Home”。この曲はいろんなバージョンがあるが、Rimixの”Home (Steezmonks Remix)“なんて何回繰り返し聴いたことだろう。

*

[Home]

They say home is where the heart is but my heart is wild and free

我が家とは心のある場所、と人は言う でも僕の心は野性的で奔放

So am I homeless or just heartless?

だから僕には家がないのかも それとも、ないのは心?

Did I start this? Did it start me?

僕が心を作ったのか?心が僕を作ったのか?

They say fear is for the brave for cowards never stare it in the eye

恐れるのは勇敢な証しだ、と人は言う だから臆病者の眼には恐れがない

So am I fearless to be fearful does it take courage to learn how to cry

僕は恐れを感じるために不敵になるんだろうか 泣き方を学ぶためにも勇気はいるんだろうか

※So many winding roads  so many miles to go  and oh.

いくつもの曲がりくねった道 とても長い道のり

Oh they say love is for the loving  without love maybe nothing is real

愛は愛するためにあると人は言う 愛がなければ、何も本物にはならないと言う

So am I loveless or do I just love less

僕には愛情がないのだろうか、それともただ愛情が小さいだけ?

Oh since love left. I have nothing left to fear

愛があるならば  恐れるものなんて何もない

※So many winding roads  so many miles to go

いくつもの曲がりくねった道  とても長い道のり

※When I start feeling sick of it all.  It helps to remember I’m a brick in a wall

僕が全てのことに嫌気がさしたら  思い出そう、自分は壁の一部のレンガなんだと

Who runs down from the hillside to the sea. When I start feeling that it’s gone too far

丘から海まで転がり落ち  あまりに遠くまで来過ぎたと感じたら

I lie on my back and stare up at the stars. I wonder if they’re staring back at me

寝そべって星々を見上げよう. 星たちだって僕を見つめ返しているのかもしれない

When I start feeling sick of it all.  It helps to remember I’m a brick in a wall

Who runs down from the hillside to the sea. When I start feeling that it’s gone too far

I lie on my back and stare up at the stars. I wonder if they’re staring back at me

*

音楽好きは節操もなく、どんどん脇道に逸れながら探索サーフィンを続ける。やがてぼくの関心は北上してアイスランドに辿り着く。今度の音楽は少しワイルドで力強い。アイスランド・モスフェルスバイルで2012年に結成された4人編成のロックバンド、Kaleo(カレオ)と出会ってしまったのだ。Kaleoはハワイ語でサウンドを表す言葉だそうだが、その音楽の図太さはボーカル・ギター・ピアノ・作詞担当の Jökull Júlíusson (一体何と発音するんだろう)のボーカルによるところが大きい。ルックスと歌声のギャップも面白い。 “Save Yourself” (LIVE at Fjallsárlón)は、何と氷河の上で演奏してる。おー、やっぱりアイスランドだ!(Kaleoは2015年からはアトランティック・レコードと契約したのでアメリカテキサス州オースティンに滞在している)なので、歌詞は英語が多いがアイスランド語の曲もなんとも味がある。”Automobile“なんて正統的なロックナンバーだけどなかなか恰好いいし、出しゃばらなくて渋いリードギター、寡黙なベース、ボーカルもサポートするドラムスと、メンバーのポジショニングもピッタリ決まってる。アイスランドは日本の四国より小さな国なのに、前にもとりあげたポストロックバンドSigur Rós (シガーロス)やOf Monsters and Men (オブ・モンスターズ・アンド・メン)、それにご存じBjörk (ビョーク)だっている実は音楽大国なのだ。

どちらも2015年リリース曲だが、まるで短編映画のようなSigur Rósの”Hoppípolla“や、モノクロ・クチパクパフォーマンス映像が新鮮なOf Monsters and Menの”Human“と、相変わらず彼らのアイスランド魂は健在。もちろん、アバンギャルドで革新的な活動を持続しているBjörkだって負けてはいない。ビョークという命名は、カバノキ(樺の木)という意味がその由来なのだそうだが、イギリス出身の映像作家クリス・カニンガムがミュージックビデオを担当したレズビアンロボットの”All is Full of Love“は当時とても衝撃的だったが、そのリリースは1997年なので、あれはもう20年以上も前の衝撃だったことになる。そして21世紀初頭のいま、孵化する昆虫をオマージュしたエロティックで官能的な最新作”arisen my senses“を視聴すると、彼女のその実験的姿勢にまったく揺るぎがないことがわかる。

ところで、YouTubeは視聴中にサイドバーに関連動画のサムネールが表示される。ぼくはある日、そこに骸骨のお面をつけたミュージシャンのジャケットを見つけた。メキシコには街中がカラベラ(=ガイコツ) で溢れかえる盛大な祝祭「死者の日」(Dia de Muertos)がある。それは日本のお盆にあたるもので、死者を迎えて死者を称え、そして死者を送るお祭りだ。その期間は仮装した老若男女が、それぞれ思い思いの可愛い骸骨となって街にくり出す。カラフルで陽気なメキシカンHalloweenのお盆版みたいなイメージか。そこで、この骸骨のお面ミュージシャン、C.W. Stonekingの”We Gon’ Boogaloo” Live at KDHXをさっそくクリックしてみると、おー、いいじゃない!茶目っ気たっぷりで、ラフな、人食ってる感がなかなか好感もてる。ガールズバンド従えてノリノリ演奏。次の曲、ラテンアメリカ版「なまはげ」みたいな”Zombie“も益々微笑ましい。タコス・チリコンカーン・ナチョスなどメキシコからの影響を受けたアメリカ南部やテキサス州周辺の料理はTex-Mex、つまり「テキサスとメキシコ混交の」という意味のテックスメックス料理と呼ばれてるが、音楽も同様にアメリカ南部のメキシコ系音楽はTex-Mex(テクス・メクス)と呼ばれることが多い。このC.W. Stonekingの音楽は、ブルースコードをベースにそのテクス・メクスを存分にふりかけたご機嫌サウンドといえるだろう。彼の調理室ストッカーには戦前のブルースサウンドはもちろん、ニューオリンズジャズ、jugバンド、カリプソ、アーリーロックンロール、ゴスペルなんかの素材がぎっしりと詰まってる感がサウンドからしっかり伝わってくる。音質は全然シャープじゃなくてモゴモゴしてるし、そこにデジタルのデの字もないけど、彼の音楽にはその方が相応しい。これって立派な(それにちょっと不良な)大人の音楽だと思う。なのに、ときには”On a Desert Isle“のようなしっとりとしたアコースティックブルースを聴かせてくれたりするのも憎らしい。こんなC.W. Stonekingをぼくはてっきり生粋のアメリカ南部辺り生まれのミュージシャンと思っていたら、何と彼はオーストラリア生まれの45歳だったから、世界は広い。

こうして各国に点在するマイブーム・ミュージックをあれこれ堪能してきたが、そろそろ最後に締めくくりのデザートとなるアルバムを1枚。リゾナーレ八ヶ岳のショッピングモールにスウェーデンをテーマにした「naTur」というショップがある。店内には北欧の息づかいが伝わってくるグッズがところ狭しと並んでいて、スカンジナビア好きのぼくは、いつも前を通るとどうしてもドアを開けてしまうのだが、あるとき店内に流れていたのが、ストックホルムで結成されたドラムレス・ワンホーン・トリオSweet Jazz Trioのアルバム「Soft Sound from a Blue Cornet」だった。トランペットより柔らかいコルネットの音色は、バンド編成をギターとウッドベースだけのトリオとすることで、心にしみこんでくる心地よいJazzに仕上がっていた。ぼくは早速、このあたたかくて包容力がある美しいアルバムを購入し、いろんなシーンで愛聴している。詳しいディスコグラフィーがないので分からないが、3人のミュージシャンは間違いなく高齢だろうし、音色もルックスに相応しい「いぶし銀」。金管楽器のコルネットなのに、その音色からビオラとかチェロのような室内弦楽器の中低音の響きを連想させられるのもちょっとびっくり。変哲もないシンプルな楽器の組み合わせと繊細でバランスのとれたサウンドアンサンブルで、こんなに極上のベルベット・トーンが生み出せるなんてまさに熟練の技。静かなのに、強い。シンプルなのに、多様。やはりJazzって大人の音楽なんだなぁ。いやいや、Jazzだけじゃない。音楽があって本当によかった。世界中から、ぼくの聴覚へと届けられる多様な快感を、まだまだ味わうことができるこの幸せに感謝しなくては。