Above_Invitation Card(Detail)
Below_Appel Antinucleaire Par
Affiches Telecopies (Detail)
©1995 Marc Pataut

2008.9.02

グラフィックデザイナー、U.G.サトーさんの展覧会が八ケ岳南麓の大泉にあるダイヤモンド八ケ岳美術館ソサエティで開かれていた。3月から8月までと会期も長く、近場だからいつでも行けると高を括っていたらもう会期の終了間際となってしまい、慌てて会場に向かう。展覧会のタイトルは洞爺湖サミットにひっかけた、エコ・ピース・エロスをテーマにした「U.G.サトーのユーモア・サミット」。ポスター、版画、絵本から立体まで、これほどまとまったU.G.サトーさんの作品を見る機会はこれまでなかったので、この日は心ゆくまでU.G.Worldを満喫することができた。
U.G.サトーさんは各国のポスター展で多くの金賞を受賞し、海外での評価も高いアーティストとして知られているが、それは作品のもつ普遍性と伝達力の強さの証明でもある。どの作品にも、明快でプリミティブな力強さと人懐こいユーモアが湛えられている。ほとんどの作品には自身のイラストが使われているが、どの作品もグラフィックとイラストレーションは見事に一体化し、昇華されて、U.G.サトーさんならではの魅力の源泉となっている。
作風は福田繁雄さんやエッシャーなどが得意とするトリックアート(騙し絵)の系譜に連なるが、ぼくはむしろ、1940年代から活躍したフランスのポスター作家、レーモン・サヴィニャック(Raymond Savignac)により近いものを強く感じてしまう。つまり、持って生まれた癖のようなものまで、むき出しにして表現力に変えてしまう才能のことである。メッセージがユーモアに包まれて差し出された時、それはさらに力強いものとなる。ユーモアは人間への深い愛情に根ざしているし、同時に倫理の幹にも支えられている。だからユーモアは万国共通の伝達言語なのだ。伝達をするのもされるのも人間同士。ユーモアが肉声に近いほど、より強く人の心は揺り動かされていくことになる。
また、U.G.サトーさんは常に行動するデザイナーでもある。1995年から翌年にかけてU.G.サトーさんらが中心となって反核FAXポスターアピールを行なったことはまだ記憶に新しい。デザイナーらに核実験への抗議ポスター制作を呼びかけたのだ。短期間のうちに用意する必要があったため、作品はFAXしてもらい、それらを引き伸ばして迫力ある白黒ポスターにしたので、結果的に集結した作品は贅肉が削ぎ落とされシャープなメッセージがこめられたものとなった。こうして集められた反戦ポスターは、国内はもとより、中国では展示、フランスでは展示に加えポスターデモ行進へと展開されていった。グラフィックの抗議…、その有効性と限界性を冷静に認識しつつも、生の根源を脅かすものへの抗議の意志と声をデザイナーがあげたという事実は記憶されるべきだし、おそらくポスターというメディアの原点はここにあるのだと思う。これは行動するデザイナーとしての面目躍如たる印象深い出来事だった。(上のモノクロ写真は、当時フランスの行なった南太平洋核実験への抗議行動として、パリ・レピューブリック広場からバスティーユ広場へポスターデモ行進した際に参加者が掲げたU.G.サトーさんの作品である)
U.G.サトーさんには個人的な思い出もある。90年代前半、クライアントである昇仙峡の菅原屋さんから、自然と栗鼠と胡桃をテーマにモニュメントが欲しいのだがと相談された時、まっさきにぼくが思い浮かべたのが、U.G.サトーさんの動物のシルエットをテーマにした立体作品だった。その後、快く依頼を引き受けてくださったU.G.サトーさんが作りあげたのは、ふたつに割った胡桃にそれぞれ栗鼠が納まる「対栗鼠(むかいりす)」という陶器の作品だった。「リスはクルミをコノミ クルミはリスをクルミ クルミからリスはうまれる リスはクルミをわり クルミのミを ミルクとしてそだつ リスとクルミのかんけいは クルクルとわのようだ」という作者のコメントにも、発想のベースとなっている先取りされたエコロジカルな循環思想が読み取れる。(モニュメントは今でも菅原屋店舗前で見学可能)
除幕式に出席するためU.G.サトーさんは奥さんを伴って来県し、昇仙峡を散策した後、ボスコにまで足を伸ばしてくださった。生まれてまもない息子さんの木(もく)くんを背負って、道すがら可愛くてしかたがないといったU.G.サトーさんの様子が、60過ぎて孫のような子どもを授かったアラン・ドロンの喜びようを彷彿とさせて、とてもほほ笑ましかった。(長男のダイノ サトウさんはアニメーション作家として活躍中)お土産にいただいたオリジナルデザインの壁掛け時計はいまだに自宅で時を刻んでくれている。
飾らないその人柄には多くの人々が惹かれているが、時折垣間見せる童心の背後には、大陸的な記憶が存在しているように思えてならない。いや、それはさらにスケールの大きい環太平洋規模の世界に根ざすDNAなのかもしれない。そう考えると、どことなく日本人離れしたその風貌だって、(もちろんぼくの勝手な想像にすぎないのだが)アメリカインディアンの賢者やインカ帝国の司祭のようにも見えてくるのである。ぼくにとってU.G.サトーさんは、ずっと万国共通語を巧みに操る大きなグラフィックデザイナーとして存在し続けている。